インド洋から逃げたら              塚本三郎



 混迷し続ける日本国会での論戦の結果、最悪となった場合の半年先を想定してみた。
 海上自衛隊がインド洋から姿を消してからはや六カ月。“国際協調のテロ対策”を行っ
ている十数カ国の艦船への、燃料給油活動を再開する新しい法律も、民主党が激しく反対
し塩漬けになっていた。
一方、インド洋では各国の艦船が、不審船やテロの資金源となる麻薬類を運ぶ船の調査、
臨検を依然として続けていた。テロの脅威はいまだ消えず、国際社会はテロの脅威に苛ま
れたままだ。そしてなぜ、責任国パキスタン側が手をこまねいたか。
 本音は、日本の給油が“良質で特殊な油でなければ艦が作動しないから”だとか、
海白からの燃料提供が無償だったとか弁明している。それだけではない.イスラム諸国か
ら、評判の悪い米英からの給油の”施し”を受けることはプライドが許さなかった。
 そして、ほとんどがイスラム教徒であるパキスタン国民から、猛烈な反感を食らうこと
も恐れていたのだと思われる。
 前年十一月、新しい法律ができる頃、「ウィ・シヤル・リターン」と参加国に告げて日本
はインド洋を離れた。彼らは理解してくれた。軍事は政治指導のもとにあり、国の事情が
ある−。そう笑顔で送ってくれたのだ。
 しかし、それも三カ月が限度だと思われていた。あれから半年。民主党のさらなる反対
により、二度とインド洋へ戻れないことが明らかになりつつあった.
 外務省幹部は、気心が知れた米国務省幹部からかけられた次の言葉に愕然とした。
 「逃げたな−。国際協調国の各国は、そう思い始めているよ」 との声に。
 民主党代表小沢氏は、かつて西欧諸国が、国連決議に基づく国際治安支援部隊をアフ
ガニスタンヘ派遣している点を指摘して、「こういった国連に認められた活動をしたい」 
と、在日米大使に言ってのけた。
 だが外務省幹部は口を嘩んだ。海上よりもテロ脅威が高い陸地で、日本国家の責任によ
り、いったい誰を派遣するというのか。民主党内の異論で、今はその声をひそめた。
 「テロとの戦いから日本は逃げた、ということだ」
“国際協調のテロ対策”は、「軍事」によって成功している−それが歴然とした事実であ
るのをなぜ誰も直視しないのか・・・。
 自民党も「軍事」にかかわることは、議論することすら逃げている。
 テロ組織がインド洋を自由に航海することを封じ込める作戦は着昇に成果を上げていた。
 民主党のある議員が 「国際協調のテロ対策の実績が本当にあるのか?あるのなら出し
てみろ」 と叫んでいる。内閣官房幹部は、民主党の本音を垣間見たような気がした。
 そんなことは、外務省の担当部局に、電話一本するだけで知ることができるはずだ。つ
まり批判のための批判ではないか。
 しかも、日本国民が生存するに必要な活動である冷厳な現実を、なぜ国会は議論しない
のか。国内で使う原油のなんと九九・二%を輸入に頼り、うち八九・.二%を中東からイン
ド洋を通過するタンカーに頼っている日本の「運命」からなぜ目をそらしているのか。
 二十四時間、無料で燃料をくれる海上自衛隊の補給艦がインド洋にいればこそ、各国
は安心してテロ対策を継続できていたのだ。だからこそ「軍人の魂」という共通意識が
そこに生まれて、各国から感謝されている。たとえ血を流さなくとも、国際協調の中心に日
本が厳然と存在していたのである。
 護衛艦は、レーダーや双眼鏡を使った目視により、不審船を識別し、発見したならば通
信リンクを通じて、各国艦船に知らせているのである。この通信リンクこそ国際協調のテ
ロ対農の象徴である。十数カ国の艦船と通信リンクで全情報を共有しあっているのだ。
 この実態は「集団的自衛権」の発動ではないのか、といきり立つ民主党議員に対して、
それを耳にする常識ある外務省や防衛省幹部は、国益を失った発言を寂しく思っている。
 アメリカ第七艦隊と海上自衛隊は、数十年前より、オペレーションと情報を−想像を絶
するはど1共有しあっている。つまりこの程度の「集団的自衛権」は、遥か昔より発動し
ているのだ。それが、同盟国である日本の運命ではないか。
 ささやかなシミュレーションである。私が言いたいことは、日本がしたたかに国際社会
を生き抜くことの重要性について、今後の日本政界の愚かさを心配しての想定である。
 『週刊文春』十月一一日号− 『軍事恐怖症』 の日本人ヘー麻生幾氏の文が、私の書
きたいことを述べられていたから、私が引用し書き改めた。
 例えば民主党が、アメリカよ、北朝鮮との妥協のため、テロ支援国家としての決定を外
すな。少なくとも、「核武装放棄と共に、日本人の拉致被害者の完全解放まで」は、とした
たかな「対米の戦略があって、特措法の延長に反対している」ならば、見事だが。

シーレーンは日本経済の生命線
 日本が「テロとの戦い」を支持しているのは、この戦争のきっかけとなった九・一一テ
ロ攻撃で、多数の日本国民が殺害されただけでなく、国連のテロ活動に対する非難決議に
従っていると共に、日本国民が直接的に享受する国益という“生々しい”側面がある。
 この海域が”テロリストの海”となった場合、日本への原油供給は激減し、石油等エネ
ルギー価格が高騰し、国民経済が破滅してしまう。「アラビア海を通過している日本のシー
レーン防衛のために、この海域の安全を維持している多国籍海軍庵艇に対する、洋上補給
を実施している」 ことこそが、日本が 「テロとの戦い」 を支持する現実的意義なのだ.
一方、日本のシーレーンが縦貫している南シナ海は、海軍力を急激に充実している中国
によって軍事的に支配されつつある。もし 「日中間に極めて深刻な緊張状態が生じた場合
には」、中国が南シナ海の日本のシーレーンに対して、何らかの軍事的圧力を加える意図を
表明すれば、自力で南シナ海のシーレーンを護る事が出来ない日本に対して、中国は外交
的に決定的優位を保つことになる。
 海上自衛隊が、アラビア海で活動する多国籍海軍の一員とみなされていることによって、
中国が南シナ海で、万一、日本のシーレーンに危害を加える意図を示した場合、多国籍海
軍によって、アラビア海の中国のシーレーンを報復的に妨害することが出来る。
 原油を輸入に頼る中国にとって、日本同様、アラビア海域でのシーレーンは生命線とな
つてきているから。日本が多国籍海軍と密接な関係を維持している限り、中国による南シ
ナ海シーレーン妨害の意図を抑止することになる。
 以上指摘した如く、海上自衛隊艦艇が、多国籍海軍に対して補給活動を行っていること
は、直接的には、アラビア海域での日本のシーレーンの安全を確保しているだけでなく、
間接的には、中国による対日シーレーン妨害の意図をも抑止することを忘れてはならない。

民社党は三十年前
 かつて、有名な超法規発言で、辞任を余儀なくされた当事の統幕議長・栗栖弘臣氏を、
民社党が迎えて、東京都選挙区の参議院候補としたことがある。残念にも成功しなかった
が。以来、防衛庁首脳は、民社党に対しては、身内の如く特別に心を許していた。防衛庁
に対して、各政党幹部、特に自民党は警戒し、メディアの批判を気にしていた。
 当時のことである、海軍幕僚長が私の部屋に来られて、イージス艦配置の必要性を説か
れて、予算獲得を陳情された。
 事態を承知して、中曽根内閣の幹事長であった竹下登氏に予算の要求を行った。彼は即
座に約束した。一艦五百億円、二艦で一千億円であった。当時、ソ連、中国の動きが心配
であったから。二艦を日本海に配置する。今日では一艦一千四百億円であるから、当時と
比べ約三倍の価格となっており、今日では四艦を海上自衛隊が保有している。
 また、洋上の給油についても、これまた海幕長からの陳情である。もう三十年も前であ
る。太平洋上で海上自衛艦と米国海軍が、洋上合同訓練をする際、日本側は、ガス欠の場
合、米艦から油を借りることが出来る。日本側は貸すことが出来ないから、米艦は、わざ
わざ横須賀の米軍基地まで、補給に戻らなければならなかった.こんな不合理、不都合は
ないと、国会で論戦し、これを可能にした。
 その第一回目の日本からの補給の洋上実施に、言い出しっべの私は、乗艦同席して給油
の実施に立ち会う破目になった。時の大村防衛庁長官もわざわざ来られた。日本の護衛艦
「のしろ」 から米艦 「バジャー」 への補給と記憶する。
 今日、インド洋で、テロ特措法廷長の論戦を、蒸し返していることは児戯ではないか。
「法律在って、国運なし」 かと言いたい。
 また情報が、米軍から送られて来ても、日本側は、聞くことはできても応答できない。
「日本自衛艦は不具者の集団かと笑われていた」ご」の声に、これまた予算委員会で論争し
事態解決をさせた.これらの問題は、防衛庁の任務と国防の実体を、国会の場に乗せたが
らない、自衛隊の文官統制の悪弊ではないか。「文民統制」本来の姿から外れている。
 防衛庁は、民社党が唯一の窓口となっていた。それを今頃、集団的自衛権の発動と繰り
返しているのが、特措法の延長問題ではないか。
 集団的自衛権は適法であるが、日本政府はこれを発動しない、と言う自縄自縛の愚を破
らんとした、安倍前首相の退陣が惜しまれる。
 臨時国会の代表質問は、インド洋での海上自衛隊による補給活動継続の審議が中心とな
り、民主党など野党による、補給燃料のイラク作戦転用疑惑の追求一色であった.
 福田首相をはじめ政府側の対応は、「低姿勢」ぶりが目立つ。国益に照らし、活動継続の
必要という本質に立って、反論をなぜしないのか。
 国会は国益を論ずることが第一である。今日では、国益を論ずることは殆んどなく、憲
法や、首相の昔の発言の、アゲアシトリに終始している。
 イラク作戦転用という、燃料の目的外使用の疑惑に、民主党は質問を集中させた.
 追求が野党の役割の一つであることを否定しな・い.しかし、安全保障と外交は、国益が
中心でなければならない。「政争は水際まで」と叫び続けた、西尾末広・民社党初代委員長
の言葉を思い出した。民主党議員の中でも、この理念に共鳴してくれる議員は少なくない
と信じている。

                                 平成十九年十月下旬