新時代と三国同盟の教訓 塚本三郎 戦後、約五十年を経た頃から、世界はゆったりと変化し、戦後ではなくなりつつある。 アメリカがアメリカでなくなり、ソ連がロシアと変り、支那が中国と変り、この三大覇 権国が世界の首座を占めて来た。この変化の中で、日本はどう進むべきか。 平成十九年の日本の政局は、大連立構想と呼ぶ与野党の政策をも含めた連立話を、直下 型大地震と大げさに論じた。この大地震について、各メディアは真相を語りたがらない。 おそらく原作は、渡辺恒雄読売新聞会長が書き、脇役として中曽根、森の元両首相が配 され、主演は福田首相と小沢民主党代表というのが定説である。 いずれの各氏も、政局指南が大好きで、日本の様々な場面で、少なかざる役を果たして 来た大物である。この方々は、当面の政局をどう解決するかに心を砕いている。 衆参のネジレ現象が、このままでは最低六年間は続き、国会は停滞して大変な事態とな ると予想し、それを解決する為の憂国の発露と心情が汲みとれる。 大連立は絶対の善であり、国政安泰の為に成功させねばならない、と信じての行動なら ば、主役、脇役共に、その経過を堂々と述べ、大地震を起させざるを得ない点を説明すべ きである。今ならば国民は耳を傾けて聞いてくれるはずだ。 それをしなくて、なぜ闇の世界に封じ込めてしまい、原作者に真相を語れと、他人事の 如くケシカケているのか。大連立が一つの解決方法であることは確かなのに。 国民の期待は さきの参議院選挙で民主党が大勝した。一度は政権交代をして欲しい。そして自民党の 金銭にまつわる汚れた政治を一掃するには、政権の交代が一番すっきりすると国民は願っ ていた。そして次の衆議院選挙では、と云う強い期待と、政治に対する「希望と明るさ」 を求めていた。しかし、参議院選挙後の政治は、混乱を重ねるばかりである。 野党が余りにも弱く、志がないから、与党のわがままが続き、堕落しても反省さえない。 野党を強くさせ、力を与えることが、相対的に自民党を牽制してくれるものと期待した。 ところが結果は国民の期待に反している。 民主党は、自民党に劣らずワガママであり、ゴリ押しの政党としての、「民主党の本性」 を露呈してしまった。何が為に参議院選での民主党へ勝利を得せしめたのかと、国民は小 言を言いたい。君達は、そんなワガママなゴリ押しで、政権を担当出来ると思うのかと。 自由を守る「テロ対策特別措置法」を置き去りにして、国会の会期中に、四十六名の国 会議員を引き連れて、北京の胡主席に御挨拶に及んでいるのは、どう云うつもりなのか。 そして、南京をはじめ、多くの反日の舘は「友好の名に恥じる」から止めなさい、とで も言った議員が一人でも居たのか。友好の名で「反日の舘」を建てている北京政権は、余り にも日本を見下しているのではないかと、詰問するのが日本の国会議員ではないのか。 日中友好条約を結んでおきながら、それ以前の戦争と、嘘の反日工作をこれ見よがしに 宣伝している処へ呼び寄せる。中国は、すでに日本を属国扱いをしているのだ.そんな囲 へ民主党議員はなぜ行くの。それは友好ではなく、隷従であると気付かないのか。 国連を神聖視するのか 小沢氏は、自衛隊の海外派遣は憲法違反であるが、国連の決議さえ在れば、違反ではな くなる。国際貢献に従って、生きている日本としては、国連の決議こそ、自衛隊の海外派 遣の大儀であり、名分である、と信じているようだ。そして海上に於ける警備活動よりも、 更に危険で武力行使を伴うアフガンの陸上への派遭をも進言している。 小沢氏は、国連を自国の憲法以上に重視している。或いは憲法改正が無理だから、せめ て国連をカクレミノとして、海外派遣と国際貢献の要を説くのかもしれない。その言の裏 には、彼一流の政権戦略がみえる。福田首相は、小沢氏の提言に賛成し、それができれば、 提案しているテロ対策の特措法をも、保留する意向を示した。 そのことは日本外交と安全保障の大転換を意味する。 国連とは一体如何なる存在なのか。国連に於ける五常任理事国は拒否権を持っている。 その中で米国を除く四カ国全部よりも、日本一カ国の拠出金のほうが多い。それでも日本 に対する敵国条項を外されない。かつて日本は、常任理事国になりたいと要望しただけで、 中国は反日の暴動まで起させている。有体に言えば、国連は、中国やロシアの一方的主張 に従うべき、歪められた国際組織で、両国が「ノー」と言えば何事も出来ない組織だ。 小沢氏は、国家を蔑ろにして北京の胡主席に親善の義理を果したが、福田氏もまた同様 の儀礼を果している。 やがて、アジアは「中国を宗主国」として、東アジア共同体へ、アジアは一つの合言葉 によって、日本国家の共産主義隷属化が進むことになりはしないか。 独裁軍事国家の庇護の下に、正直でひ弱な民主国家日本が、共産勢力下に組み込まれ、 米国を中心とする民主国家と対立させられる、これが中国の遠謀深慮である。 日本が隣国と仲良くすることは、常識的には良いことである。しかし、中国、ロシア、 北鮮は共産主義国家であり、独裁政権下に在る。日本は民主主義国家であると共に、世界 に類例をみない、半武装の平和国家である。日本が中国の共産国の隷属下に付けば、アセ アン諸国もまた止むなく、それに向かわざるを得ない環境となる。 米国は、日本のみならずアセアン各国の自由を護る為に、日本と中国との間に、逆のク サピを打ち込むはずだ。中国が、日本と米国の間に打ち込む対抗手段として。 日本は、中国の強圧に屈するのか。 敢然としてアジアにおける自由主義陣営の先頭の座を守り通すことが出来るのか。 国家の基本、外交、安全保障政策′ 日本国家としての大切なことは、外交・安全保障問題を統一的に議論し、中・長期的に 国家戦略を企画・立案する機能を、首相官邸に設置することである。そのため首相官邸の 司令塔機能を強化するため、安全保障会議設置法案(日本版NSC)が安倍内閣の責任で 通常国会に提出されていた。 福田首相はそれを全く論じないだけではなく無視した。その上、その直後に、国会に提 出した案を断念し、設置準備室をも解散した。 日本は、独立国家としての国家意識が欠如している。今日までの日本国家は、幸い民主 国家の保護者を自任していた米国の庇護の下に、安楽に過ごすことが出来た。 だが今日は、もうそれが危うくなりつつある。それと反比例して、中国の共産主義独善 国家が、狂暴の牙を研いでいる。国家の基本を論ずる必要を痛感した安倍前政権の提案を 無視し否定した、福田首相と小沢代表との国家観は、日本を危険な道へ逃げ込んだ。 六十数年前の、日、独、伊三国同盟 今日の日本を取り巻く政局は、六十余年前の、日・独・伊三国同盟直前と生写しである。 昭和十二年七月七日の慮溝橋に於ける一発が、日本の運命を決定付けた。それは{支那 (中国)とソ連(ロシア)共産主義の陰謀による挑発であること}が、今日漸く明るみに 出た。それ以後に於ける、日本と支那との泥沼の争いは周知の如く、その解決の為、日本 政府は昭和十五年に日・独・伊三国同盟を決断した。近衛文麿と松岡洋右の二人である。 当時の近衛首相と、今日の福田首相は、良く似た善人であり、良家の出自で、世界情勢 の厳しさを認識しない、幸運と優柔不断の政治家である。 加えて、松岡洋右(外相)と、小沢一郎氏もまた、頭脳明晰で、決断力が在る、似すぎ る程に良く似ている。他人の意見に耳を貸さない点まで相似形である。 福田首相も、小沢代表も決して反米主義者ではない。それなのに政局運営に翻弄され、 国家の基本に付いての外交と、安全保障に対しての、国家観が欠落している。 この二人が、隣国を大切に、即ち中国に気を奪われることによって、東アジア共同体と 呼ぶ甘言になびく心配が消せない。両氏が国家の基本を自覚していないから。 与党のうち、公明党は親中派の先陣争いに終始しているし、自民党内にも、公明党に先 を越されるな、と盲目的媚中派議員が執行部を占拠している。 日独伊三国同盟の当時の目的は、共産主義の北からの侵略を食い止め、かつ、中国の泥 沼の事変から足を抜かんとしての、近衛内閣にとって、苦肉のアガキであった。 日支事変の主敵は国民党蒋介石政権であったが、その裏で米国とソ連が、南北双方から 支えていた。それを見越して、近衛内閣は三国同盟によって、ソ連を抑え、米、英が対支 那への支援をあきらめさせるとの作戦であった。やがて独が、英国を降服させれば、米国 も支那への支援を止めるとの、勝手な、誤った情報が逆の結果となった。 今日では、与野党の議員が、積極的に中国に近づかんとしている。そのことが、心なら ずも、同盟国である米国を主敵とせざるを得なくなり、日本の致命傷となりはしないか。 日本は再び独裁国と結ぶな ◎日本は自由と平等を原則とする民主主義政治の国家である.この」原則を堅持しての繁栄 を目指す。現代社会は、自国のみが孤立して暮らすことは不可能であり、何れの国とも対 等に付き合い、相互協力の実を挙げることによって共存共栄に努める。 ◎各国は、それぞれ政治形態を異にするのみならず、独善と排他的な国家も周囲には存在 する。人類の歴史は、共存共栄の実績と共に、侵略と従属を強いる戦争の歴史の繰り返し でもある。今日なおその渦中に在るから、外交と防衛力の強化は不可避である。 ◎何れの国とも仲良く協力すべきであるが、日本と同じ民主主義体制の国には、安心の度 合いは高いが、独裁政治の国には、格別に注意を怠ってはならない。彼等は突然に政治、 経済の方針を変えられ、思わぬ危険を伴った過去の歴史を忘れてはならない。 ◎何れが是であり、非であるかの判断を行なっても、その態度を貫く為には、充分なる国 力、特に軍事力が背景に無ければ、自国の主義と主張を守り貫くことはできない。 ◎日本は、その意味で現憲法を破棄し、新しい憲法を創設して、近代国家にふさわしい独 立国家を達成しなければならない。現憲法は時代の進歩と、日本の在り得べき体制から比 べ、不具合の憲法となり、日本国家としての独自行動の足手まといとなっている。 今年の政局は、六十余年前の三国同盟が犯した、日本外交の悲劇を繰り返すことを憂う る。歴史は繰り返す。それを学ぶことが真の政治家であり、指導者である。 平成二十年一月上旬 |