【知道中国 172回】〇八・六・仲五
「口号」

 ――米どころ・河南省のいま――


 ゴールデン・ウイークを利用し、米どころで知られる湖南省の農山村を歩いた。日干し煉瓦の農家の壁に大きく鮮やかに書かれたスローガンは、江沢民前政権で「三農問題」と一括りにされた農業・農村・農民が抱える深刻な現実を皮肉なまでに鮮やかに描きだす。

 「少なく丈夫に生むことは一生の幸運」「違法に子供を育てたら厳罰」「晩婚を提唱する」は、一人っ子政策の徹底を訴えている。「男児も女児も民族の希望」「性差は非科学的」「女児が二人でもいいではないか」は、いまなお男尊女卑の考えが根強く残っていることを物語る。「溺棄は厳禁」には恐れ入った。男児は働き手。家を継ぎ両親の老後の面倒を見てくれが、女児は他家に嫁いで他人となってしまう。いわば一種の金食い虫。だから封建時代から女児が生まれたら溺死させて間引きする風習がみられたが、いまだに残っていたとは驚いた。どうやら、この辺りの農村では、一人っ子政策が厳守されない上に男児偏重・女児蔑視という古くからの考えがいまだに通用しているようだ。そういえば旅行中に偶然話した中年サラリーマンは「数千年続く伝統は、変えようにも変えられない」と嘆く。

 「麻薬を遠避け生命を惜しめ」「麻薬を拒絶せよ」は麻薬が、「酒を呑んでの運転は命を落とす」は酔っ払い運転が、「盗電厳禁」「盗電を見つけて報告したら報奨金」は電気泥棒が、「文盲は恥ずべきこと」は文盲が、湖南省の農村で日常化していることの明らかな証拠だろう。政府専売は高いから安い塩を買う。
 だから「不法塩の販売厳禁」。安いということは人体に危害を及ぼす工業用塩。
 そこで「安いニセ塩は人体に危険」となるわけだ。

まだまだ面白いスローガンはあった。
 「人と水の和諧」「水源の統一管理を強化しよう」は水不足と、だから水を平等公平に使えと訴えるのだが、現実的には水不足は深刻に受け止められず、水源は独占的に押さえられているようだ。道端、田畑の中、水辺、南向きの丘には新旧問わず数多くの土饅頭式の墓を見かける。だから「土地の持ち主を尊重せよ」「山には持ち主がいる。持ち主には権利がある」と訴える。墓や埋葬について定めた「殯儀管理条例」では、「一:農地・山林。二:都市の公園、景勝地、遺跡保護区。三:ダム、河川の堤防付近、水辺保護区。四:鉄道、幹線道路の両脇」と優先順位をつけて勝手な埋葬を禁止するが、守られていない。昔から南向きの傾斜地で前方に川、湖などがあるのが風水理論では埋葬最適地とされてきたが、法に逆らって勝手に埋葬してしまうのだ。

 傑作中のケッサクが「光ファイバー・ケーブルに鋼鉄は入っていない。盗むな」。
 田、畑、それに山間の道路脇にも「この下に国防用(あるいは民生用)光ファイバー・ケーブル埋設。土地を深く掘るな」と記された白い小さな標識がみられた。ハイテク技術による通信ネットワークの普及振りが見て取れるが、光ファイバー・ケーブルを電線の類と思い込んだ農民が掘り起こして鉄として売り払ってしまうのだろう。掘り起こしてみたが鉄ではないので売れない。そこで「アイヤー、ダメあるよ」。光ファイバー・ケーブルは棄てられてしまうことになる。通信網を守るために考え出された苦肉のスローガンと思えるが、最新通信技術と無知で強欲な農民の対比が傑作。
 そういえば崩れかけた農家の壁に薄っすらと「毛沢東思想万歳」の6文字が・・・。

 これが北京五輪3ヶ月前で四川大地震直前の湖南省の農山村の現実だった。 《QED》