【知道中国 267回】〇九・八・仲八
愛国教育基地探訪(22)
―「中国」は健在・・・なり


 平成19(2007)年4月末、愛国主義教育基地探訪に向うべく朝の成田を発ち北京へ。機内から空港ロビーに移ると、どこからともなく漂ってくるアンモニア臭。その先はトイレ。「これぞ中国」を実感した瞬間である。遠方に見えるは銀色の屋根を持つガラス張りの巨大な建造物。1年4ヶ月後に逼った北京オリンピックに向けて建設中の新ターミナルだ。

 空港ターミナルの外に出る。先ず目に飛び込んできたのがゴミ箱を漁っていた数人。地方から北京に出稼ぎにやってきたものの仕事にあぶれた農民工だろうか。ゴミの中からアルミの空き缶をより分け、手にしたビニール袋に入れている。目を転ずると、遠方には「為安全投資是最大幸福」と書かれた巨大な看板。安全な投資こそが最大の幸福といいたいのだろうが、看板の主は「他社はともかく、わが社は安全」と射幸心を煽る証券会社なのか。それとも横行する怪しげな投資ビジネスに手を焼く政府による“注意喚起”なのか。看板の手前のビルが視界を遮り、広告主の名前が読めない。いずれにせよ空港を一歩出た瞬間に目にした光景からだけでも、日本で日常的に伝えられていた「オリンピック景気に沸く北京」とは一味も二味も違った北京の姿を垣間見たように思えた。

 空港を離れる。オリンピック関連工事の影響で片側3車線が1車線に変更され、さらに車という車が車線変更へっちゃらで先を急ぐので混乱は増すばかり。クラクションは止まない。車は渋滞を避けるかのように狭い迂回路を選ぶ。デコボコの未舗装道路を大きくバウンドしながら土埃の舞い飛ぶ横道を進むと、土色に変色したピンクのカーテンの掛かった店がチラホラ。間口は2メートルほど。看板には例外なく「理髪庁」の3文字。ガラス戸の向こうでは、これまた例外なく若い女性が腕組し所在なげに外を眺めている。中国では昔から、男の愉しみを纏めて「吃喝嫖賭去聴戯」、あるいは「吃喝嫖賭抽大烟」とする。

 吃(食べ)・喝(呑み)・嫖(遊び)・賭(賭け)たうえで、去聴戯(芝居)と抽大烟(アヘン)である。もちろん、この手の理髪庁に髪を整えるために出かけるような“暇な紳士”はいない。ほぼ例外なく目的は嫖。

 1949年10月に政権を成立させた後、毛沢東は旧中国の悪弊を根絶することに邁進した。浪費を戒め、売春婦の社会復帰を進め、ヤクザを退治し、ばくち場を一掃し、地獄を舞台にしたり淫靡な内容の芝居を社会主義道徳に反すると上演禁止処分とし、アヘン窟を解体しアヘン患者の更生に国を挙げて取り組んでいると喧伝されたものだ。当時、訪中した誰もが常套句のように街には“ハエも泥棒も売春婦”もいないと感動を込めて語り、社会主義的道徳国家の誕生を賞賛したのである。

 76年9月の毛沢東の死から2年ほどが過ぎた78年12月、鄧小平は政治最優先の毛沢東路線に決別し、カネ儲けを国是とする路線に大きく舵を切った。中国人総てを“社会主義聖人君子”に鍛造しようなどという毛沢東の試みは徒労の極み。どう足掻いてみても中国は「巨大なビンボー共同体」のままだ。そこで鄧小平は大博打。中国人を中国人に還すことに共産党再生を賭けた。かくて中国人は中国人に、中国は中国に還ることとなる。

 いつしか車は中国人民大学横を走る。と、ショッキングピンクのカーテンの掛かる「夫妻用品店」が目に飛び込む。店名は「巨根」・・・威風堂々・直截至極。(この項、続く)  《QED》