【知道中国 295回】〇九・十・二十
―ミシンと毛沢東思想の史的唯物論的弁証法的関係・・・?


   『家用 縫紉機維修知識』(広東縫紉機厰編写組編 広東人民出版社 1976年)

 やはり時の流れとは残酷で恐ろしい威力を秘めている。かつては挙国一致で謹厳励行したことが、いまや(ヒョッとして当時も)お笑いでしかない。この本など、その典型だろう。なんせ毛沢東思想によって、ミシンの維持・管理・修理を学ぼうというのだから。

 表紙を繰ると最初のページには、「一切の民衆の実際の生活問題は、すべて我々が注意すべき問題である」「努めて倹約に励み、少ない資金で多くの事をなそう」「自ら手を動かして満ち足りた衣食(せいかつ)を」と、『毛主席語録』から引かれている。続く「前言」で、ミシンと中国革命の歴史的関係が諄々と説かれている。

 家庭用ミシンは人民が生活するうえで必需品となった。ミシンを使うと手縫いより早いだけではなく、仕上がりが綺麗で丈夫だ。わが国の生産と人民生活の向上に伴って、より多くの労働者・農民・兵士がますますミシンを使うようになり、労働者の宿舎だけでなく人民公社の各家庭でも、遠い島でも山間僻地でもミシンの音が聞こえるようになった。

 ミシンは労働者人民が実践の中から創りだしたものだ。17世紀半ば、フランス・リヨンの裁縫労働者が世界で最初のミシンを考え付いた。資本主義社会において、当初、彼の発明は人々から注目されることなく、大道の見世物として扱われる始末だった。現在の多種多彩な機能を持つミシンも、こういった不幸な歴史を背負わされてきた。

 解放前の旧中国では独力でミシンを製造できず、外国製ミシンが我が市場を席巻していた。後に上海や広州などでミシン製造工場が生まれたが、実質的には外国から輸入した部品を組み立てるだけだった。

 だが解放以後、わが国の工業・農業の生産は猛烈な速度で高まり、党と政府はミシン製造工業を極めて重視する。かくて偉大なる毛主席の「独立自主・自力更生」の方針の下、多くの省、自治区、市においてミシン工場を建設し、家庭用と工業用とを問わず各種ミシンの生産に着手。いまや質・両共に日進月歩。一例を広州ミシン工場にみると、2日半の生産量は解放前の広州における全ミシン生産の15年分よりも多い。毛主席の「農業を基礎とし、工業を導き手とする」という国民経済発展のための総指針を真剣に励行することで、わが国のミシン工業をさらに発展させ、より多くの人民大衆の需要と工業増産という要求を満足させたい。我々が生産するミシンは労働者・農民・兵士のためのものであり、労働者・農民・兵士に服務する。

 要するに「労働者・農民・兵士に服務する」ために、この本が編まれたわけだ。些かリクツが勝ち過ぎるが、小さな部品の細部に至るまでイラストで的確に図示しミシンの構造と機能を判り易く解説しながら、より具体的に故障例を明示し修理方法を懇切丁寧に教え、維持・管理・補修の大切さを説く。

 本文の内容は実用的だが、最後で「これまで述べてきた故障修理の方法は飽くまでも一般的規律であり、実際は複雑な情況にぶつかります。全体情況を把握し、具体的に分析し枝葉末節に囚われることなく、一面的であってはなりません」と俄然リクツっぽく、「偉大なる領袖の毛主席は『思索を提唱し、事物の分析方法を会得し分析する習慣を養成しなければならない』と教えています」と結ばれる。いやはや、ミシン修理も哲学だった。  《QED》