【知道中国 301回】〇九・十一・初三
―中台両岸に横たわる深い闇・・・謀略なのかマンガなのか

   『不可能的接触 扁江通訊実録』(秦慧珠編著 狼角社 2001年)

 この本は台湾全島が独立への希望に満ち溢れていた頃の、陳水扁の第1期総統就任翌年に出版されている。著者は女性ながら立法委員というレッキとした公人。であればこそ、この本で示している“証拠”なるものが事実なら、陳水扁はほぼ確実に政治生命を、いや生命すら絶たれていたに違いない。かりにデタラメだった場合には、彼女もまた同じ運命を辿ったはず。だが、そうはならなかった。毀誉褒貶数々あるが彼は総統を2期8年務めあげ、彼女もまた名誉毀損で獄舎に繋がれることはなかった。そして今、陳が属した民進党候補を破って総統に就任した馬英九の手で台湾は北京の傘の下に組み込まれる情況だ。

 この本に登場する人物は全部で6人。台湾側では陳水扁、台湾プラスチックの創業者で「台湾の経営の神様」「台湾の松下幸之助」で呼ばれた王永慶(1917年―2008年)、王の長男の王文洋、それに陳総統選出に大きな役割を果たしたノーベル賞学者の李遠哲。対する中国側からは権力絶頂期の江沢民に息子の江綿恒。

 表紙を開いた最初の頁に著者は「政治家は一時は世間を欺くことが出来るが、とどのつまり歴史的証拠は彼らの紛れもない姿を永遠に露にする。この本に示す文書は全て真実だ。それを明らかにし、私は歴史に責任を負う」と傲然と胸を張り高らかに宣言するのだが、確かにそれだけのことはありそうだ。次の頁には1999年9月25日から2000年11月5日まで、前後11件の「陳水扁売台実録」が箇条書きにされ、さらに頁を繰ると5人の間で取り交わされた書簡のコピーなるもの数葉が示されている。たとえば赤く「機密文件」と書かれた「両岸経貿合作発展協議」なる文書には、「両岸人民の永久の福祉を求め両岸が共に豊かになるために、対等の条件のもとで両岸の統一を促進するという目標に達した。いま、江沢民は中華人民共和国を代表して甲と、陳水扁は台湾人民を代表して乙と称す。江綿恒先生と王文洋先生が立会人となる」と書かれ、ゴ丁寧にも「甲方:江沢民 甲方見証人:江綿恒/乙方:陳水扁 乙方見証人:王文洋」と印刷された名前の脇に各人がサインし捺印している。4人とも判子はお揃いで四角形だが、重要な文書にしては作りがチャチすぎる。

 以下、300頁ほどにわたって6人の間で取り交わされたとされる書簡、契約、協議書、念書の類が示されている。どれであれ、それが事実なら台湾の政財界の屋台骨を揺るがす超々・・・超弩級の政治文書といっていい。たとえば陳水扁と王文洋の両名連記で「江主席沢民 先生」に宛てて書かれたとされる領収書をみると、陳水扁が「台湾地方の首長選挙」に出馬するための資金として500万米ドルを含む「合計新台幣一億四千萬元整」を、江沢民が王文洋経由で陳の銀行口座に振り込んだというもの。「確かに領収致しました。ここに書簡を以って謝意を表します」と結ばれ、日付は1999年11月26日になっている。

 台湾の著名評論家で政治家の李敖は、この本に納められた文書が全て真実だということを王慶永の側近からの署名入りのFAXで知らされたと語り、この本の内容は「真実だからこそ否認はできない」と強く推奨しているが、その李敖が最近では台湾進出を目論む大陸の大手不動産業者から莫大な政治献金を受けているとも伝えられる。誰が誰の政治的抹殺を狙ったのか。どこまで行っても藪の中。ワケの判らない奇妙な本だが、面妖極まりない中台両岸政治の一端を知ることが出来る“恰好の教材”であることはだけは確かだ。  《QED》