【知道中国 316回】 〇九・十二・初八
――だからこそ、やはり毛沢東は偉大なんでス


 『孔老二的亡霊和新主沙皇的迷夢』(康立ほか 人民出版社紀1974年)

 本書は74年前半に共産党の理論誌「紅旗」や機関紙「人民日報」、さらに「北京日報」などに掲載された批林批孔運動関連の論文を集めたものだ。「バカタレ孔子の亡霊と新しいロシア皇帝の迷夢 ――ソ連修正主義による孔子賞賛・法家反対の醜悪な芝居を評する」「モスクワにおける孔子」「“人道主義”の化けの皮を剥ぐ ――ソ連修正主義叛徒集団の孔子尊敬・法家反対の汚い芝居を評す」「ソ連修正主義叛徒集団と孔子のアホタレ」「ソ連修正主義の紳士諸君は、なぜ跳梁跋扈するのか」と勇猛果敢このうえない論題を並べただけでも、論文を読まずとも内容が判ってしまいそうだから、愉快この上ない。

 だがしかし、読まずに御託を並べるのは礼を失するというもの。そこで読んでみたが、全ての論文の論調は一貫している。つまり、劉少奇や林彪など毛沢東に反対した輩は歴代反動派や党内機会主義者と同じく孔子を大いに褒め讃える。ソ連修正主義の新皇帝は盛んに孔子を持ち上げるが、その悪巧みの黒い目的は「バカタレ孔子の信徒である劉少奇や林彪を支援し、反革命の輿論を大いに起こし、我が国のプロレタリア独裁を転覆せんと画策し、資本主義を復辟し、中国をソ連修正社会帝国主義の植民地に変えようとするところにある。孔子を讃えるというソ連修正主義の醜悪な芝居の裏側には、かくもドス黒く汚い取り引きがあった」。劉少奇は「尊孔黒会」の頭目であり、林彪は「超級間諜」――どう頭を捻っても、へ理屈としか思えない。こんな考えを思いつく頭脳の持ち主たちの思考回路はどうなっているのか。改めて問い質したいと強く思う。

 とはいうものの、一連の論文を荒唐無稽な“政治的お伽噺”と思えば、こんなに面白く楽しい読み物はない。当時のズッコケた政治情況を笑い飛ばすには、第一級の資料だ。

 古来、「大成至聖先師孔夫子」と尊号で呼ばれ、中華民族文化の守り本尊として崇め奉られてきた孔子に対し「バカタレ孔子」「孔子のアホタレ」と悪罵の限りとは、当時の共産党メディアの中枢である「紅旗」「人民日報」が凄まじいばかりの中華文化蔑視・憎悪論者の巣窟であり、政権を壟断していた四人組は民族の敵である“文化漢奸”だったに違いない。

 文革初期の文革イデオローグたちが屯していた理論誌「哲学研究」(66年1号)は、「我が国の革命史からみると、階級闘争が先鋭化するや、腐り果てた反動派は常に封建道徳を宣伝し革命の道徳に反対する・・・窃国大盗賊の袁世凱は復古尊孔の逆流を起こし・・・反動政客に堕落した康有為は恥知らずにも国が滅ぶことは問題にするほどでもないが、孔子の道徳思想が滅ぶことは種族の滅亡と同じ惨禍だと息巻いた」とする。だが、いまや中国は世界各地に孔子学院なる看板を掲げた機関を設置し、中国語教育を軸にして文化宣伝に粉骨砕身努力している。孔子サマをクソミソに辱めたり、一転してヨイショしたり。孔子をめぐる一連の動きからして、当時も今も彼らはゴ都合主義の信奉者でしかないようだ。

 ところで本書は冒頭で『毛主席語録』から「現在のソ連はブルジョワ独裁であり、最大のブルジョワ独裁であり、ドイツのファシスト式独裁であり、ヒットラー式独裁である」の一条を引いているが、この「ソ連」を中国、ロシアに置き換えれば、まさに両国の現在を見透かしていたことになる。ウーン、さすがに毛沢東というべきだ。恐畏すべき慧眼である。偉大な領袖の面目躍如といったところ。恐惶恐懼頓首頓首でゴザイマス。  《QED》