【知道中国 358回】 十・二・念七
――「巨大な変化」の嘘っぱち

 『中国的変化』(安娜・路易斯・斯特朗 香港朝陽出版社 1970年)

 安娜・路易斯・斯特朗とはアンナ・ルイス・ストロングのこと。そう『中国の赤い星』のエドガー・スノー、『中国の歌ごえ』や『偉大なる道 朱徳の生涯とその時代』のアグネス・スメドレーと共に「3S」で略称される「中国革命を支援したアメリカ人ジャーナリスト」の1人。

 ソ連経由で中国入り。20年代後半に香港や武漢に滞在。46年には9ヶ月にわたって共産党支配地域に滞在し、毛沢東に「原爆は張子の虎」といわせている。猫を噛んだ窮鼠の大言壮語というべきか。彼女は49年にスパイ容疑でソ連から追放処分を受け、名誉が回復された3年後の58年に中国へ。64年以降は「北京からの手紙」を発行し続けた。

 この本は「中国からの手紙」を中心に、60年代後半に書かれた文革礼賛の文章を集めたもの。この本の最後に置かれた「中国からの手紙(第69便)」は、「第69便をもって1969年は閉じますが、私は必ずしも喜んではいません。来るべき70年の上半期に最終便が書けることを希望します。最終便で新中国に対する、そして私が生涯を通じて求めてきた事業に与えた中国の影響についての私の思いを伝えたいと思います。それが来るべき第70便であり、同時に私の書く最後の手紙となります」で閉じられている。 

 彼女の死は文革の最中の70年3月29日。ということは、第70便を書きたいという希望を果たせぬままに、彼女は「マルクスに見える旅」に向かったということだろう。

 さすがに「3S」の1人だけのことはある。どの文章をみても毛沢東万歳、文革礼賛がテンコ盛り。なんとも鼻白むばかりだ。たとえば「20年前、1949年10月1日、中華人民共和国は北京で建国を宣言した。この20年の中国国内の発展と中国と世界の関係は、歴史的に意義のあること」ではじまる「中国20年の巨大な変化」を読むと、「20年前、中国は無力の国家だった」が、「現在の中国は強国であり、帝国主義者が連合しても屈服させることは不可能だ」

 「20年前、中国は内外債務を持つ国だった」が、「現在の中国には如何なる債務もない」

 「20年前、中国は領土・人民の面で分裂した国家だった」が、「現在の中国は統一した国家であり、一年又一年と団結は固まっている」

 「20年前、中国人民は暴力革命によって、帝国主義、封建主義、官僚資本主義から自らを解放した」。以来、革命を継続し、「1966年には文化大革命において思想を解放した」

 「20年前、中国は水害や飢饉が頻発することで知られた国だった」が、「今日では洪水は制圧され、過剰な水は農地に灌漑されるだけでなく、飢餓に苦しむ者はいなくなった」

 「20年前、中国は疫病が流行した国家だった」が、「現在の中国はすでに健康国家だ」

 「20年前、中国は文盲で有名な国家でもあった。中国人の80%以上が文字が読めず、書けなかった」が、「現在では、このような情況はすでに克服された」

 確かに「20年前」に較べれば「巨大な変化」だろうが、その多くは眉ツバもの。いまとなっては叶わぬ望みとはいえ、是非とも「最終便で新中国に対する、そして私が生涯を通じて求めてきた事業に与えた中国の影響についての私の思いを伝え」て欲しかった。最後の筆を擱いた時、彼女の心に去来するのは後悔、懺悔、悔恨、疑心、苦渋、苦悶、煩悶・・・85年の彼女の人生から中国政治の核心が宣伝にあることを、改めて痛感するのだ。  《QED》