【知道中国 359回】 十・三・初二
――嗚呼、孔子サマには敵わない


 『批判曲阜“三孔”』(山東省博物館 新華書店 1974年)

 孔子生誕の地と伝えられる山東省曲阜には、孔子を祀る孔子廟、子孫が住み続けた豪壮な屋敷である孔府、一族専用の墓地といわれる孔林がある。

 これを「三孔」と総称し、歴代皇帝や権力者は中華文明の精華として崇め奉られてきた。だが孔子に象徴される封建秩序に対し「生死を賭けた闘争」を挑み、「政権、族権、神権、夫権は全ての封建宗法の思想と制度を代表し中国人民、ことに農民を縛ってきた4本の太い綱だ」と毛沢東がアジっている以上、三孔は完膚なきまでに粉砕されなければならない――これが、この本の主張だ。

 この本の表紙を大きく飾る写真の中の解放軍兵士は、孔子廟の中心である大聖殿の前の広場を埋め尽くしている。彼らは拳を握った右手を振り上げて、一斉にシュプレヒコールだ。表紙に耳を近づけると、写真から「批林批孔闘争を貫徹するぞ」「売国奴・林彪を打倒するぞ」「孔子ヤローを粉砕するぞ」と叫ぶ兵士たちの胴間声が聞こえてくるようだ。

 毛沢東の主張する「封建宗法」とは儒教論理に導かれた皇帝を頂点とする封建秩序を指し、族長に率いられた家族制度を意味する。やや強引に解説するなら、中国を没落に導いたのは人民を雁字搦めに縛りつけてきた封建宗法であり、封建宗法の根拠は儒教であり、儒教をでっち上げたのは孔子だ。だから孔子のクソったれを打倒せよ。ツラの皮を引っ剥がせば儒教信奉者だった林彪も粉砕だ。周恩来を孔子に見立て併せて周も葬ってしまえば、我らが天下は安泰だ。これが四人組が考えついた批林批孔運動の真の狙いだった、とか。

 この本は、三孔を次のように断罪する。歴代封建王朝は自らを権威づけ正統化するために「孔孟の道を宣揚し、大衆を惑わせ毒し、彼らの反動統治を維持するための精神的主柱としてきた」。だから孔子廟は「歴代反動派にとって孔子を祀るための場所であり、彼ら反動統治者が狂気のように努める孔子崇拝活動という犯罪を明らかにする明白な証拠」だ。 

 孔府は「世襲の特権を持つ大貴族の荘園」を所有し、「王朝が交代しようが、反動統治階級の内部で権力闘争が起ころうが、常に反動統治者から庇護を受け」、「反動統治階級が孔子を持ちあげるほどに、孔府に与えられた特権的な地位は高まる」。かくて「孔府は労働人民を圧殺する伏魔殿」ということになる。最後に「歴代反動統治者が孔子ヤローの地位を高めるに従って、ますます多くの人民の田畑を占有するようになって生まれた孔林」は、「土地を強奪され家を失い家族崩壊に瀕した貧苦の農民の悲劇の上に築かれ」ただけに「広範な労働人民の血涙」。壮大な墓地はそれだけ人民の農地を強奪して作られたというわけだ。

 いわば三孔は封建統治階級にとって権威の後ろ盾であったからこそ、人民圧殺の象徴となる。それだけに古代の陳勝・呉広の「農民起義」以来、人民は自らの解放を求め封建統治階級に敢然と闘いを挑み、三孔廃絶を目指した。「二千年に及んだ中国の封建社会において、農民こそが一貫して反孔運動の主力軍」であった。そこで「我が国における労働人民の反孔運動の革命的伝統を継承し発展させ、我われをして勇猛邁進せしめ、批林批孔運動を徹底せしめ」るべく、「昔日の所謂『聖殿廟堂』」を「今日の批林批孔運動の戦場」と化して人民が決起した、というわけだが・・・。

 ならば共産党は政権樹立直後にでもトットと三孔を破壊しておくべきだった。ともあれ、いつになっても彼らは孔子から逃れられないという宿命に生きる。やれヤレ。  《QED》