【知道中国 395回】 一〇・五・念五
――いたいけな子供たちを誑かしてはイケマセン

   『煤的故事』(朱志尭編著 少年児童出版社 1966年)

 「少年自然科学叢書」と銘打たれている。ということはシリーズの1冊だろう。文化大革命発動より半年ほど早い1966年3月に出版されているだけに、この本には『毛主席語録』からの引用はないし、どこを探しても毛沢東の「も」の字も見当たらない。
文革中に出版された著作が自然科学関連であれ、少年向けであれ、全編これ『毛主席語録』と「偉大的毛主席」へのゴマスリが満載されていたのとは大いに異なっている。

 だが、文革時代の過剰なまでの毛沢東への賛仰が見られない代わりに、この本には共産主義に対する素朴で明るく、根拠なき希望が溢れていた。文革直前の中国では、共産主義の4文字は、どこまでも光り輝いていたということか。アホクサ。

 この本は、「工業のコメ」であり、「ありとあらゆる工業製品の原料」であり、「鋼鉄を精錬し、汽車を動かし、電力を起こし、日常生活において暖房・炊飯をなす」だけでなく、「加工処理を経て、ガソリン、プラスチック、合成繊維、化学肥料、農薬などの数多の種類の工業原料や化学産品」となるだけに「黒い宝石」と呼ばれている石炭について、その生成から発見、使用の歴史、さらには採鉱の歩みを判り易く解説し、小学校高学年から中学生程度に理解させ、科学少年を育成しようとしたものらしい。

 この本は数十億年の昔から現在までの石炭という鉱物の歩みと人類と石炭のかかわりの歴史を語りつつ話を進めるが、49年10月1日に「偉大なる中華人民共和国」が誕生したことで、「人間の地獄、悪魔の天国」「死人の倉庫」と呼ばれていた旧中国の炭鉱は一変したと熱く語る。「炭鉱は人民のものとなり、かつて圧迫され搾取されていた炭鉱夫は鉱山の主人公となった」という。ホントーですか・・・。オカシイなあ。

 さて問題、といおうかメチャメチャ面白い点といおうか、それは、やはり「未来への展望」を熱く語っている章だろう。それでは、いざ共産主義的SFの世界へ・・・。

 ――ロケットは空中を突き進むだけでなく地中をも疾駆し、探索し、地下に眠る「黒い宝石」を余すところなく僕らの目の前に示してくれる。そこで僕らは、手助けしてくれる多くの友達に手助けを依頼しなければならない。機械という友達はもちろんだが、じつは凄い能力を持つ物理化学という友達もいるんだ。こいつは、どんな機械よりもスイスイと地中を軽快に動き回り、効率も高いんだ。僕らが目にすることのできない電磁波や超音波という友達が地中深くを探って、埋蔵されている石炭の様子を知らせてくれる。

 そしたら僕らは直ちに「万能溶解剤」を地中深く流し込み、溶剤の力で石炭を液化させ、地上に吸い上げる。液化した石炭を地上に設けた「総合利用工場」に送り、複雑な化学処理と加工をすれば、工場から出荷される時には色々な人造繊維、衣料や食品に代わっている――なんとも荒唐無稽でステキな夢物語だが、ここからがさらに凄まじい。

 「これこそ一枚の、美しくも麗しい風景ではないか。こういう世界を一日も早く実現させ、人類が生み出した労働の成果を真に人民のモノとするためには、断固として搾取者を消滅させなければならないということです。地主・資本家を打倒し、人類にとっての最高の理想――共産主義に向かって進もうではありませんか」

なるほど共産党は「万能溶解剤」で地主・資本家も溶解してしまった。スゴーイ。 《QED》