【知道中国 401回】 一〇・六・仲一
――農民は反乱する

   愛国主義教育基地探訪(4-09)

  黒河の市街地を離れ、黒河駅を右手に次の目的地の孫呉に向かった。2車線の舗装道路が真っ黒の肥沃な大地を一直線に走る。途中、拡幅工事がみられたが、いずれは上下4車線以上の幹線道路になるはず。ヒトやモノが奔流となって動き出したからこそ、である。

 沿道には「緑色家園是我家 森林防火靠大家(緑の大地は我が家で 森林防火はみんなの務め)」とか、「厳禁占用基本農田 耕地実施特殊保護(基本農地の占用禁止 耕地に特殊保護実施)」などのスローガンがみられた。防火禁止はともかくも、集落の周囲を囲むレンガ塀に書かれた「厳禁」の方の意味が判らない。

 基本農田(農地)とは、特殊保護とは、いったい何を意味するのか。基本農田の占用を厳禁するということは、占用が宜しくないことでありながら、その宜しくない占用が眼に余る。耕地に対する特殊保護を実施しなければならないということは、特殊保護をしなければ耕地が耕地としての役を果たせなくなっていることを意味しているに違いない。だとするなら、この一帯では、本来は農地であるべき場所が農業以外の目的で長期にわたって占用され、強制的に保護しない限り耕地は次々に他に転用されてしまうのではなかろうか。いつまでも実入りの良くない農業なんかしているより、トットと不動産開発業者にでも農地を売り払う方が手っ取り早い現金収入の道だ――
こう考える農民が現れたとしても、決して不思議ではない情況が生まれているように思える。

 やはり肥沃な大地と共に生きるなどという牧歌的な時代は終わりを告げ、新しい社会が出現しつつあるということだろう。

 だが、かりに基本農田を占用しているのが地方幹部だった場合、いったい誰が耕地を特殊保護してくれるのだろう。十中八九、あるいはそれ以上の確率で農民は泣き寝入りするしかないはずだ。法令を取り締まるべき立場の地方幹部が法令を破りながら、農民には法令遵守を求める。中国社会の伝統であり、現実なのだ。これを昔から「只許州官放火、不許老百姓点灯(役人の放火は許され、人民は明かりを点けることも許されない)」といった。

 中国には古来、「官逼民反」ということばがある。官(=役人)というヤツは悪い。
権力を嵩に国家・社会の財産(=公財)を使用して私腹を肥やす。こういう役人を貪官というが、貪官こそが役人の一般的生態であり、老百姓(=人民)のために働く清官と呼ばれる役人は砂浜で米粒を探すより難しいと、昔からいわれてきた。官は民を苛斂誅求し、塗炭の苦しみを嘗めさせるもの。だから、痛めつけられるだけ痛めつけられ、苦しみの果てに忍耐の限界を超えた時、民が官に牙を剥くのは当然であり、むしろ正義・正当な行為だ。これが「官が逼れば民は反す」であり、かくして「造反有理」ということになる。

 現在、おそらく中国の全土で、基本農田を占用し、耕地の特殊保護を実施するわけもない地方幹部が少なくないはずだ。いや歴史的に王朝の別なく、中国の官界は圧倒的多数の貪官と極く極く少数の清官で構成されてきたことを考えれば、こういった官界一般のDNAは現在もなお、しっかりと受け継がれていると考えるのが当たらずとも遠からじ。

 孫呉への道中で目にした「厳禁占用基本農田 耕地実施特殊保護」の漢字16文字は、全土で年間10万件を越えるとも伝えられる農民の反乱を想起させるに十分だった。  《待続》