【知道中国 407回】 一〇・六・念二
「燙睫毛」、「双語幼児園」、「活鶏現殺」、それから「街舞」


    愛国主義教育基地探訪(4-15)


 駅を離れる。人の往来がはじまったようだ。野菜や肉を手に下げた人がやって来る。
ということは、彼らが歩いてきた方向に向かえば朝市が立っているはず。

 大通りを左に折れ、「農村信用社永遠是農民和広大城郷居民自己的銀行(農村信用社は永遠に農民と、街と郊外の住民自らの銀行です)」と書かれた横断幕が張られた横道にはいる。右手は木造老朽住宅が軒を連ね、左手は小奇麗なタイル張りのコンクリートの新築住宅。ドロドロにぬかるんだ未舗装路を挟んで対照的な街並みである。
雨が降った様子もないのにぬかるんでいるのは、凍っていた土が溶けだしたからだそうだ。

 足元に気をつけて進むと、右手の小汚い店舗のガラス窓に?髪(パーマ)、?睫毛(睫パーマ)、種植睫毛(睫の植毛)などのカラフルな飾り文字が踊る。店名は巧手髪廊。中を覗くと、ガラクタの山。客が不入りで店仕舞いかと思いきや、さにあらず。
「巧手髪廊は向いに移転しました」との小さなビラ。そこで振り向くと、ジャジャーンである。バーと簡易ホテルに挟まれ、赤い煉瓦壁の小洒落れた美容院があった。孫呉でも・・・などといっては失礼だが、こんな田舎街ですら?髪、?睫毛、種植睫毛が成長産業の仲間入りである。

 だが、この程度では驚いていられない。美容院と同じ建物には心儀園双語幼児園が入っている。中英両国語によるバイリンガル幼児教育だ。これまた、こんな田舎街でと思ったが、やはり中国である。壁に大きく描かれたミッキーマウスは明らかに「もどき」だった。

 いやはや田舎街の孫呉などと侮ってはいられない。だが、そこは孫呉である。幼児園の前には赤い字に大きく白で「活鶏現殺」と書かれた看板が置かれていた。表示されている矢印に従って路地を進むと、活鶏現殺の現場がありました。首をチョンと切り落とし、手早く解体し、首、砂肝、腸などに腑分けして売っている。買う方も、やはり活鶏現殺でないとダメのようです。近くに朝飯の屋台の黒板にはチョークで「新殺狗」と書かれていた。熱狗はホットドッグだが、さて新殺狗はどんな料理なのか。
ホッカホカの湯気の立つ包子(肉饅頭)を思わず買って食べたが、生鮮犬肉が入っていないはずはない・・・だろうな。

 民家の板壁には「路面掘削労働者募集。食住提供。1日80元。月末一括払い。労賃天引きなし。路面凍結まで仕事あり。定員集まり次第募集停止」の数多らしいビラだ。
ということは、1ヶ月25日働いたとして2000元。因みに孫呉で泊まったホテルの食堂のウェーターの月給は、170cm以上で18歳から28歳の制限付きで900元だった。

 市場を抜けて大通りにでると、目に飛び込んできたのが「街舞教研室」の看板である。幅7mで高さは2mほどで、イケ面風の若者が3人が坂道のある欧米風の街に佇む絵柄だ。「孫呉自由風格」「自由是一切規則」「Free Style街舞倶楽部」「孫呉首家街舞培訓中心」「教学項目:Poping(機械舞)、 Breaking(霹靂舞)、Jazz (爵士舞)、Hiphop (?哈舞)、Reggae(雷鬼)」と書かれているところからして、孫呉の街に初めて出現した若者向けのダンス学校だ。隣には「男男舞踏培訓中心」と書かれた、さら大きめの看板が並ぶ。こちらの培訓中心(レッスン・センター)では、街舞の他に民族舞踏、拉丁(ラテン)、健身操(エアロビクス)も習える。タレント養成学校だろうが、はたして卒業後の進路はあるのか。

 ホテルを出てここまで1時間弱。孫呉の街のいまが、次々に目の前に現れてくる。  《待続》