【知道中国 418回】 一〇・七・仲八
――タイ・アピシット政権は華人財閥複合体では?


 7月半ば、バンコクの繁華街を歩いた。一部に“痕跡”は残るものの、バンコクの都市機能も旧に復したようだが、赤シャツ騒動が提起した問題がなんら解決していない以上、あのような事態が再燃する可能性は大きいと考えておくべきだろう。敢えて誤解を恐れずにいうなら、《タクシン》とは海外を流浪する元首相個人というより、現在のタイ社会の在り方への「否」を意味する政治的記号と看做すべき時期に至っているのではなかろうか。

 それはさておき、7月に入ってアピシット(袁順利)首相は、今秋退任予定のタイ中央銀行総裁の後任に、10月1日付けでカシコン(農業)銀行のプラサーン(張旭州)総裁を当てることを決定したと伝えられる。一見すると単なる中央銀行総裁人事のようだが、そこから透けて見える人脈模様は、なんとも面妖なものとしかいいようはないのだ。

 オックスフォード大学で首相と同級生のコーン・チャティカワニット財務大臣の父親は、元財務省税務局長で税務行政専門家で知られるクライスリー。その兄のカセム(蘇家森)はタイ電力公社(EGAT)総裁として電力行政のみならず有能なテクノクラートで知られ、80年代以降のタイの政官界で隠然たる影響力を保持すると共に、官界を去った後は家業のサイアム銀行(前身は亜洲信託銀行)会長に転じ同行経営建て直しに当たった。

 チャティカワニット(蘇)家を興したプラヤー(蘇天磊)警察中将は福建出身でタイ警察育ての親とも。広東系説もあるが、中国でも伝統的に警察や軍人幹部に客家系が多い傾向や血縁関係にあるラムサム(伍)家がタイ客家系最有力一族である点などからすれば、チャティカワニット家もまた客家系とみるのが常識というものだろう。

 カセム夫人のチャッチャニー女史は、プラサーンが総裁を務めるカシコン銀行を中軸とするラムサム(伍)財閥総帥のバンヨン(伍捷樸)の実妹。バンヨンの兄は一族の中興の祖と評価の高い故バンチャー(伍班超)で、その妻、つまりバンヨンの兄嫁に当たるサマウンヴァーンはM.R.(モムルアン)の称号を持つ王族出身者。

 要するにコーン財務大臣の父親は元財務省幹部の財政家。伯父がテクノクラート最長老。縁戚は王室に繋がるタイ有数の銀行経営一族となるのだが、ここに登場するのが6月の改造人事で首相府大臣から科学技術相に横滑りしたウィーラチャイ(李天文)だ。ウィーラチャイの義父はタイ最大の多国籍企業CP集団を率いるタニン(謝国民)。
 ウィーラチャイの弟の夫人はバンヨンの娘。ウィーラチャイの父親のスチャイ(李景河)は対中ビジネスの総元締め的存在で、バンヨンとタニンと手を組み90年代半ばに上海で中国最初の外資独資(1億ドル)の泰華国際銀行を創設。折から訪中中のシリントーン王女が上海に駆けつけ本店開業式典を主宰していたほど。血で繋がった3家族は手を携えての対中ビジネス。

 以下、ややディープな話。タクシン時代の政権与党だったタイ愛国党の中核メンバーでもあったウィーラチャイは、06年9月のタクシン政権打倒クーデター後に首相となったスラユット大将の報道官を務めているが、同大将の私邸の持ち主はスチャイだったとか。ならば同大将は政敵であるタクシンのかつての腹心で、自らの家主の息子を報道官に任命したことになる。さらに・・・ウィーラチャイに弾かれて科学技術大臣を辞めたのは、カシコン銀行とは永遠のライバルであるバンコク銀行総帥のチャトリ(陳有漢)の異母弟の妻。

 政権中枢でグチャグチャに入り組んだ人脈模様・・・露骨すぎませんかねえ。  《QED》