【知道中国 443回】      一〇・九・初五

      ――まあ、その・・・トンデモ鍼灸治療解説書ですよ

      『ツボと治療法』(クリエイト社 昭和四十八年)

 「海は沸とうし、山は喜び笑っている。中国億万軍民が、激情をいだいて中国共産党第九回全国代表大会の開催を慶祝している。われわれの心中にある真紅の赤い太陽毛首席の万寿無窮を千遍歓呼し、万編歌い慶祝している」と異様なまでに昂じた調子で書き出された「出版説明」は、「二年余の無産階級文化大革命の戦斗洗礼をへて、医薬衛生戦線の革命派は、毛沢東思想を高くかかげ、反徒・内奸・労働賊、劉少奇の反革命修正主義医薬衛生路線をはげしく批判し、断固として毛首席の『医療衛生業務の重点を農村におけ』という指示を遵守し、労働者、貧・下・中農のために奉仕する。医療技術を統すいするにも毛沢東思想を用いて、資産階級の外来教条、古い枠を大胆に打破して、たえず医学上空前の奇跡を創造している」と続く。

 書名はともかくも、「はじめに」を書いているのが日中友好屋の“総元締め”として世間を誑かすことの多かった古井吉実――これだけ知れば、もはや多くを語る必要はないはずだ。そう、「図解――中国のハリ・キュウ」のサブタイトルを持つこの本は、文革最盛期に中国で出版された鍼灸資料解説書(『快速針治療法』空軍潘陽医院 人民衛生出版社 1969年4月)の完訳である。

 この本を開いて先ず気になったのが、「主席」とすべき毛沢東を「首席」と綴っていることだ。間違いは一ヶ所だけかと思いきや、最後まで「首席」のまま。“不敬罪モノ”だ。

 まあ、そんな揚げ足取りのような戯れ事はさておき、従来の針治療より無痛で、強い刺激を伴わないという「快速針刺療法の特色」から説き起こし、使う針の種類と刺す角度、ツボをみつける方法、針を打つ手法、思わぬ事態発生の際の対処法、針の修理と保存法を簡明に述べた後、全身に散らばる70ヶ所のツボを図解入りで判り易く解説している。

 次いで「治療各論」に移り、感冒、頭痛からはじまり目や耳の病気など「五七の病気と、それに関連するニ七の病気とツボの治療法」に加え、「灸法」「吸い玉療法(抜罐療法)」「放血療法」「簡易按摩療法」などの実例が挙げられている。

 いったい、これら「毛沢東思想を用いて、資産階級の外来教条、古い枠を大胆に打破して、たえず医学上空前の奇跡を創造し」た治療法が「大衆のいくらかの病気を全治させることができた」のかどうか。ともかくも巻末の「典型的な治療実例」をみておきたい。

 たとえば「精神分裂の治療例」として挙げられている「潘さん、女、46歳」だが、「夫が突然の急病で死去したため、精神にきわめて大きい刺激をうけ、『精神分裂症』にかかり、泣いたり笑ったりして、家事の処理ができなくなった」。そこで「毛沢東思想によって潘おばさんの頭脳を武装したあと」、「直ちに啞門と二ヶ所の内関を針刺治療」した結果、現在に至るまでずっと安定している」とか。

 この本は「最後にわれわれは、共同でわれわれの心のなかの最も赤い最も赤い太陽、我われの最も敬愛せる偉大な領袖毛首席の万寿無窮、万寿無窮、万寿無窮を慶祝したい。偉大なる、領袖毛首席の親密な戦友林副主席の身体健康、永遠に健康、永遠に健康を慶祝したい」と結ばれているが、「毛沢東思想によって・・・頭脳を武装」した結果、こういう台詞が口をつくんでしょう。ッたく、これじゃあ、北の将軍サマじゃありませんか。  《QED》