【知道中国 447回】      一〇・九・仲三

     ――読み進むほどに・・・正気の沙汰ではアリマセン

     『紅心永向華主席(曲芸・演唱輯)』(人民文学出版社 1977年)

 四人組を縛りあげる一方、毛沢東から「你弁事、我放心」の6文字を告げられたことをタテに政権継承における自らの正統性と正当性の根拠とした「英明な指導者」である華国鋒を讃え上げようというのが、この本の狙いである。

 2人で掛け合いながら三河万歳のようにお目出度いセリフを調子よく繰り返す対口快板、まるで講談の修羅場を読み切るように一編の物語を語る快板書、さらには相声(まんざい)などの民間芸能を集めているが、さて、所期の目的を達したかどうか。

 巻頭に置かれたのは、この本の書名でもある「紅心永向華主席(紅い心を永遠に華主席に)」は、「紅い十月、十月の紅、神州(ちゅうごく)の大地は沸き立つばかり。北京からの嬉しい知らせ、八億人民小躍りす」ではじまる。これを相方が「城市(まち)から村へ、百花が開き春来たる。内陸から辺境へ、山も水も真新しい装い」と受ける。以下、甲乙2人の掛け合いの主だったところを拾ってみると、

 甲:高い山から東の海へ、山紫水明鮮やかに。北の国から南の海へ、各民族の溢れる笑顔。

 乙:幹部の方から民衆までも、誰の心も弾みます。お年寄りからお子達までも、笑顔笑顔でまた笑顔。みんなが走って口々に、話して笑って唱って跳ねる。太鼓に銅鑼が打ち鳴らされりゃ、兵士は祝砲ぶっ放す。

 甲:最大級の喜びに、億万軍民大喜悦。華国鋒同志が党中央主席、中央軍委主席にも就かれます。嬉しや紅旗が山河(やまかわ)の端から端までビッチリと。主席は我らを導いて、永久革命大道を、大きな歩幅で進みます。八億人民、主席を護る。

 乙:主席を戴く党中央は、王張江姚の四人組(あくとうども)を木端微塵に打ち砕く。妖しい風と迷いの霧をきれいさっぱり吹き飛ばし、八億人民斉しく歓呼。

 甲:今を去ること45日、主席は我らを置き去りに。救いの星を失う我ら、国を挙げての悲嘆のなかで、党転覆の陰謀を四人組は画策す。

 乙:四人組の頭目は白骨精(ガイコツおばけ)の江青で、・・・軍師は狗頭の張春橋、・・・姚文元はラッパの吹き手にて、・・・王洪文は流氓(るみん)の頭(かしら)、・・・

 ――まあ、読んでいてバカバカしくなってくるが、そのバカバカしさに耐えながら最後のクライマックスの部分を訳してみよう。

 「毛主席の意思を受け継いで、永遠(とわ)に唱えよ『東方紅(こころのうた)』を。歌声高く響き合い、軍の威勢は増すばかり。毛主席の革命路線で前進すれば、継続革命揺るぎなし。いざや高めよ新たな潮流(ながれ)。より速く、より高く、マルクス、レーニン、毛主席の著作の学習だ。革命の旗、高々と、掲げて華主席断固と擁護。疾風怒涛も迷わずに、華主席を戴く心より。無限に華主席を信頼すれば、虎も羆も怖くはないぞ。銃をしっかり握りしめ、死んでも華主席守ります。修正主義との戦いの、心は永遠(とわ)に変わりなく、紅い紅い真紅な心、我らは華主席に捧げます」

 毛主席を将軍サマ、東方紅を先軍思想、華主席を継承者サマとすれば、ずばり現在の北朝鮮だ。これが30年ほど昔の中華人民共和国・・・なにが彼らをそうさせたのか。  《QED》