【知道中国 477回】        一〇・十一・初七

      ――今は昔・・・“革命”の2文字のみありけり

      『漢語拼音広播講座』(文字改革出版社 1974年)

 文化大革命を全国規模で徹底的に推し進めようとするほどに、文革派は、ことばが全国一律に通じないことに衝撃を受けたのではなかったか。毛沢東の敵が誰なのか。なぜ文化大革命を発動したのか。この革命が人民に何を求めているのか――を、北京から喚き続けようが、人民に広く正しく伝わり、人民全体に共通の認識を持たせない限り、文革の意図は全国的に徹底しない。ことばが通じなければ、全土を挙げて政治運動をデッチ上げられるわけがない。この本を読んでいると、文革派のそんな焦りが伝わってくるようだ。

 冒頭に「広範な労働者、農民、兵士、幹部、教師、学生による漢語拼音と普通話学習を支援するため、中国文字改革委員会と中央人民広播電台とが共同して漢語拼音広播講座を開設することとなった。この本は漢語拼音広播講座のテキストである」と掲げられているように、この本は「広範な労働者、農民、兵士、幹部、教師、学生」、つまり幼少年を除く全ての中国人民に正しく漢字を学ばせ、正しい発音を身につけさせ、全国共通の普通話を学ばせようという目的で編まれたのだろう。いや、そうとしか思えない。

 ここで共産党政権の言語政策を簡単に振り返るなら、出発点には漢字は難解であり、圧倒的多数の文盲を一掃しなければならないという考えだ。その結果、50年代半ばに漢字の画数を出来るだけ減らす(これが簡体字と呼ばれる現行漢字に繋がる)と共に、発音をローマ字表記(これが漢語拼音で、現在、発音を表記する際に使用)にすることで将来的には漢字をなくしてしまおうという方針が打ち出されたわけだ。だが、古典が読めなくなってしまうローマ字化は甚だ評判が悪く、目下のところは発音を表記するための補助手段で留まっている。簡体字にしても、じつは現在では北京や上海など大都会のエリート小中学校では、繁体字とよばれる正字に拠る学習が熱心に行われているとの報道すらあるほど。

 ところで文革は野心的で画期的な文字・言語改革方針が打ち出された10余年後に起こったわけだが、ことばが全国共通で通じなかった。それが、この本による全国規模のラジオ講座を企画させたとうことだろう。じっさい講座が放送されたのか。このテキストがどの程度に普及したのか。それは不明だが、この本を読み進むに従って文革派が全国規模でどんなことばを普及させ、どのような考えを伝えようとしていたかが浮かび上がってくる。彼らの涙ぐましい努力の跡を、いくつか例示してみよう。なお、以下の単語や文章は漢字で綴られ、ローマ字で正しい発音が表記されている。

 単語では、天安門、解放軍、工農兵、世界観、東方紅、先鋒隊、抓革命、促生産、再教育、責任心、紅衛兵、大躍進、総路線、学馬列(マルクス・レーニンを学ぶ)、為人民、革命接班人(革命の後継者)など。さすがに毛沢東の3文字は見当たらないが、それは全人民周知だったから、敢えて毛沢東を学ばせることもなかろうと判断したからか。

 文章では、「思想上・政治上の路線が正しいか否かが一切を決定する」「台湾は必ず解放されなければならない。我が偉大なる祖国は必ずや統一されなければならない」「我われは依然として帝国主義とプロレタリア階級革命の時代に生きている」など。

 最高ケッサクは「マルクス主義を進め、修正主義を進めてはならない。・・・公明正大でなければならず、陰謀詭計を弄してはならない」。それしても・・・よくいうヨ。  《QED》