【知道中国 478回】        一〇・十一・一〇

      ――これで極悪非道の大犯罪・・・エーッ、うっそーッ、なんでーッ

      『「紅衛兵」選集』(焦毅夫編 大陸出版社 1967年)

 この本は、文革初期に暴れ放題に暴れ回った紅衛兵たちが劉少奇・王光美夫妻を告発・断罪するために書きなぐった壁新聞やらパンフットを集めたもの。当時、毛沢東を戴く文革派が「最大の当権派(実権派)」「中国のフルシチョフ」「彼」などと劉少奇を直接名指しせず婉曲に表現しているところからして、いずれ劉は消される。そこで取り急ぎ劉少奇関連の文章を集めた――というのが、出版の意図だそうだ。

 「見よ、劉少奇の醜悪な心の底を」「劉少奇叛徒集団を打倒せよ」「満腔の怒りをこめて、労働大盗賊の劉少奇を糾弾するぞ」「劉少奇の反革命のツラの皮を剥げ」「王光美は毛沢東思想に刃向かう大毒草だ」「地主階級の孝行息子・劉少奇の姿を暴露せよ」「劉少奇・王光美は『左』を装った『右』である」「造反の粉砕を目論む劉少奇・王光美を告発する」など、じつにおどろおどろしくも勇ましい表題が並ぶ。

 当時、紅衛兵は毛沢東から「造反有理」「革命無罪」というお墨付きを与えられていたわけだから、当たるところ敵なし。怖いものはなかった。毛沢東が気に入らない人物を嗅ぎ出し、つるし上げ、考えられる限りの悪罵を投げかけ、精神的屈辱に加え肉体的苦痛を与え惨殺。文字通り“血祭り”にして気勢を挙げていた。この本に収められた凡ての文章が“常軌を逸した”としかいいようのない当時の雰囲気を如実に物語っているだけに、じつに興味深い。そこで、読み進むと、どうやら紅衛兵が掲げる劉少奇・王光美夫妻の“罪状”は次の7点に集約できるようだ。

①「平和共存」を鼓吹して帝国主義に対する幻想を振りまいた。

②「階級闘争消滅論」を主張して、革命的人民による階級闘争を愚弄し麻痺させた。

③「先鋭複雑な階級闘争」を否定し、今後の任務が建設にこそあると駄弁を弄した。

④「政治第一」に反対し、物質の刺激によって経済発展を目指す修正主義を推し進めた。

⑤「ブルジョワ階級」を美化し、ブルジョワ自由化を鼓吹した。

⑥「革命の大義」に毒づき、ブルジョワ階級の利己主義を称揚した。

⑦「ソ連修正主義」のお先棒を担ぎ、ソ連修正主義叛徒を美化する役柄を演じた。

 これらの“罪状“を証拠固するために、それまでの劉少奇の数多くの発言や論文などから片言隻語を選び出し”動かぬ証拠“として提示している。たとえば①については、「現状においては、世界は平和共存に進まざるをえない。世界における平和維持は実現可能となった」(1956年9月、党大会での「政治報告」)。②では「現在、国内の敵は基本的には消滅した。すでに地主階級は消え去り、ブルジョワ階級も反革命勢力も基本的には消滅した。それゆえ、我々は国内の主要な階級間の階級闘争は基本的に終結したといえる」(57年4月、上海党幹部に対する講話)。③について、「現在、革命の疾風怒濤の時期は過ぎ去り、新しい生産関係が確立した。我々の任務は闘争から生産力の順調な発展を保護することへと変質した」(56年8月、党大会での「政治報告」)

 紅衛兵は鬼の首でも取ったように気勢を上げるが、冷静に考えれば、劉少奇は当時の客観情勢を当たり前に口にしただけ。だが、劉は毛沢東に楯突く悪逆非道の犯罪者として葬られてしまった。冷静で合理的に振舞う者は反社会的存在として抹殺されてしまうのが中国の伝統らしい。昔も今も「悪いヤツは悪いから悪い」式。問答無用で支離滅裂。  《QED》