【知道中国 491回】        一〇・十二・初四

     ――「中国的特色」-手前勝手=〇

     『初中数学単元学習与指導 三年級上学期』(福建人民出版社 1991年)

 この本を編集した《単元学習与指導》叢書初中編写組は、「どのようにすれば大多数の生徒の学習成績を高め、教室における全体的な教学効果を増すことができるのか。これは教学改革における重要な研究課題であり、教師の目の前に置かれた切実で巨大な任務である」と大上段に構えた後、アメリカ流の教学方法を取り入れて大成功し、「広範な大・中・小学校教師と父兄に大歓迎され版を重ねたが、「教学改革がいよいよ進展している現在、新しい情況に対応し、教師と生徒の需要を満足させるため、旧版の優れた点を基礎に、多くの読者から寄せられた建設的な提案を取り入れ、経験豊富な教師を再組織して本シリーズを編んだ。内容と例題を全面的に更新し、より多くの中国的特色を盛り込み、『単元学習と指導』叢書と改名した」と、「出版説明」をしている。

 この本は初級中学の「三年級上学期」向けだが、日本流には中学3年の前期用に相当するだろうか。先ず全体構成を見ておくと、「第一単元 対数概念と演算の基本性質」「第二単元 常用対数」「第三単元 正比例函数 反比例函数 一次函数」「第四単元 二次函数 一次不等式 二次不等式」「第五単元 図形と比例」「第六単元 相似と三角形」「第七単元 円の性質」「第八単元 直線と円の位置関係」「期末復習(一)代数部分」「期末復習(ニ) 幾何部分」「付録 答案と解説」になる。

 次いで内容だが、答えられそうな問題をいくつか拾ってみると、

■a:b:c=3:5:7でa-b+c=10とした時、a,b,cの値を求めよ。

■ x:y=3:2でy:z=4:3の場合、x:y:zの値を求めよ。

■1982年に実施した人口調査では、我が国の人口は1031882511人だった。これを科学記数法で表記せよ。

■それぞれ6cm、8cm、10cmの三辺を持つ三角形に外接する円の半径を求めよ。

■以下の三角形のうち常に相似形であるものを指摘せよ。(A)2つの正三角形 (B)2つの二等辺三角形 (C)2つの正三角形 (D)2つの面積が等しい三角形

 じつは計算力ではなく思考力を涵養するのが数学であると考えるなら、この本の編著者が自讃する「より多くの中国の特色を盛り込」んだ「単元学習」の成果が20年ほど後の現時点で如何なる実効を挙げているのか、興味深い問題だ。この本の出版は天安門事件の2年後。ということは、この本で数学を勉強した世代は現在30歳代半ばということになるだろう。はたして彼らは、この本で学んだことで編著者が求めたように「問題の分析と解決に関する能力を養い、智力と思考の訓練を進め」ることができたのか。

 1919年の五・四運動の際、新しい中国を求めた学生たちは中国には「徳莫克拉西(デモクラシー)」と「賽因斯(サイエンス)」――つまり民主と科学がないと嘆き、それから70年後に勃発した天安門事件においても、民主化を求めた学生たちは五・四運動と同じスローガンを掲げた。民主と科学のない中国に進歩・発展はない、と。

 五・四運動から91年、天安門事件から21年、この本出版から19年余が過ぎた現状から判断して、この本の編著者が意図した「問題の分析と解決に関する能力を養い、智力と思考の訓練を進め」ることは、民主も科学もない中国では所詮はムリだったようだ。 《QED》