~川柳~ 
《毛思想 説来説去 為了我》⇒《毛思想 なんのかんのと おのがため》

  【知道中国 519回】       一一・一・三〇

     ――そりゃあないよ・・・そんなバカなことって、なしだよ

     『三字経是騙人経』(上海第五鋼鉄廠工人写作組 上海人民出版社 1974年)

 1994年に中国人民出版社から出版された『絵画三字経』の「前言」には、「『三字経』は、よく考えられた3文字を使って我が国の伝統美徳を概括し、読者に世界を認識させるものだ。極めて判り易く、我が国古代ではよく知られ、少年児童に啓蒙教育を施す読み物となった」とあり、当時の江澤民主席が「伝統美徳を発揮しなければならない」と再三にわたって強調し、「李嵐青副首相も、この問題に専門的に言及した。注目すべきは1990年に国連ユネスコが『三字経』を世界児童教育叢書に加えたことであり、これは単に中国のみならず、全人類の誇りでもある」――

 ところが、それより20年前に出版された『三字経是騙人経』では、なんと『三字経』は「人を騙す経典」と糾弾されている。1974年と94年。この20年に『三字経』の価値は一落千丈ならぬ一躍千丈。ホップ・ステップで大ジャンプ。なんともワケが判らない。じつに間尺に合わない話だ。絶対矛盾の自己満足。まあ、これが中国というワケですが・・・。

 この本の「編者的話」によれば、「上海第五鋼鉄廠の労働者たちが批林批孔運動を進める過程で『論語』を批判すると同時に、宋代の孔孟の学徒がでっち上げた『三字経』とそいつらが編み出した反動的なことわざをマルクス・レーニン主義の観点から分析し、批林批判孔運動をさらに進展・深化させようと試みた」とのこと。つまり、この本は労働者が進めた批林批孔運動の輝かしい成果ということになるわけだ。
 そこでモノは試し。労働者たちの批判論文をザッと、飽くまでもザッと読んでみよう。
 『三字経』が最初に「人之初 性本善」の6文字を掲げ性善説を訴えるが、それは妄論にすぎず、「血を見ないで人をじりじりと切り刻む刃のようなものだ」。「人の性質は天から授かるものでも、母親の体内から持って生まれ出てくるものでもない。社会における実践活動、わけても階級闘争の過程で形成されるものであり、奮闘努力の結果として身に備わるものなのだ。『三字経』は人の性質は先天的、超階級的だと囃し立てるが、それこそ正真正銘の搾取階級の考えだ」と糾弾する。へーん。フーン。さようでゴザイマスか。

 『三字経』には「孟母三遷」の件があり、学問を通じて人格を陶冶するには環境が大事であることを説くが、孟母三遷などという考えは「歴代の反動派が自分にとって孝行な息子や賢い孫を育て反革命を継承させ、搾取階級の利益を守るため」、猛毒を秘めた孔孟の教えを必死になって次の世代に受け継がせようという悪巧みにすぎないと糾弾する。そして林彪が孔孟の教えを信奉するのは、「自分の手足となってプロレタリア階級独裁を転覆するよう青年世代を育て上げようと妄動」する一方で、「知識青年を農村で鍛えよ」という毛沢東の考えに反対するため――というのが、この本の主張だ。だからこそ我われ労働者は「次の世代をプロレタリア階級革命事業の後継者として育て上げ、労働者と農民とがしっかりと結びついた光輝く大道を若者が進むことを断固として支持」しなければならないわけだ。

 この他、『三字経』が力説する三綱(君臣・父子・夫婦の務)五常(仁・義・礼・智・信)などの「徳目」は、「封建秩序を維持するため」に考えだされたインチキだ、とも。

 74年にはクソミソに批判した『三字経』を、20年後に「中国のみならず、全人類の誇りでもある」と自画自賛するデタラメさ。巧言粉飾・厚顔無恥。ええい、出たとこ勝負だ。《QED》