~川柳~ 
《為了我 誰来反対 不管誰》⇒《このせかい おれのせかいだ むかしから》

  【知道中国 520回】       一一・一・三一

     ――これって中国市場の将来の姿・・・なんだろうなあ

     『地産覇権』(潘慧嫻 信報財経新聞社 2010年)

 70年代末の香港で大手不動産業者の秘書を勤めた後、カナダ経由で香港にUターンして不動産物件の鑑定や売買を担当した著者は、香港は本質的には封建時代のヨーロッパ社会と同じではなかろうかと問題提起する。実態は不動産本位制野蛮強欲市場経済である。

 必ずしも豊かとはいえない大部分の庶民が、家族経営で成り立っている一握りの不動産特権層に従属している。特権家族の持つ政治権力は政府と密接不可分の関係を持ち続けている一方、彼らに従属せざるをえない大部分の庶民は働き詰めに働くばかり。それというのも、地主家族の傘下系列企業が庶民生活の隅から隅まで押さえてしまっているからだ。土地を手中に納めることができれば、莫大な富だけでなく、人民も掌握できてしまう。

 かくして著者は、「結局、誰が香港を主宰しているのか。香港人をコントロールしているのは誰か。それは様々なビジネスを独占している巨大企業集団だ。競争のない各種ビジネスの命脈を掌握することを通じて、香港全体の市民が必要とする商品とサービスの価格と市場を有効裡に操作している。不動産、電力、ガス、バス、フェリーのサービス、スーパーマーケットに並ぶ品々とその価格だ」と、97年に「中国回帰」を果たし、英国の殖民地から「中華人民共和国特別行政区」へと変貌を遂げた香港の姿を明らかにする。

 香港の土地は基本的に公有であり、政府が土地の使用権を競売に付す。形式的には誰にでも入札の機会はあるが、落札するには莫大な資金を用意しなければならないことから、事実上、応札可能家族(=業者)は李嘉誠、郭兄弟、李兆基、鄭裕彤、包玉剛・呉光正、カドリー(ユダヤ系)の6大家族に加え、その周辺の新旧20家族ほど――総計で30にも満たない資産家族に限られてしまう。彼ら一握りの家族が政府払い下げの「地産」を抑え、「地産」を元手に香港の「覇権」を握るというカラクリだ。まさに19世紀末から20世紀前半、官僚と商人が手を組んで金儲けに猛威を振るい、中国に腐敗と貧困と弱体化をもたらした大きな要因である「官商勾結」の構図、判り易くいえば「越後屋、そちもワルよのう」「殿サマ、滅相もございません」「うふ、うふ、うふふふふ・・・ブハッ」のアレだ。

 このような「商」は骨の髄から「強権貪権不知足(強権強欲、足るを知らず)」である。そこで彼らは不動産開発で手にした莫大な資金を、金融・流通・港湾・輸送・製造・衛星・通信・IT・観光・メディア・農業・電気・ガスなど、儲かると踏んだビジネスに惜しげもなく注ぎ込む。富が富を生み、富は権力を引き寄せる。その勢いは公共事業にまで及ぶ。まさか将来、香港では空気までもが「官商勾結」における投機対象になるなどということはないだろうが・・・。些か極端に表現するなら、一般の香港住民が支払わなければならないカネは、回りまわって香港の越後屋の懐に還流されてしまう仕組みである。

 確かに英国殖民地時代も「官商勾結」の構図は見られたが、それが野放図に巨大化するのは香港返還が具体的政治日程に上り始めた80年代後半以降のこと。その要因を香港返還に関する中英協議の欠陥に求める著者の主張の是非はともかくも、香港を手中に納めた30に満たない家族は、かくて北京の権力中枢との“蜜月関係”の維持に腐心する。魚心あれば水心。返還前に内外に向けて鄧小平がブチ上げた「香港の繁栄の維持」を現時点で最も享受しているのは、どうやら香港の越後屋と中南海の殿サマだけ・・・のようデス。《QED》