樋泉克夫教授コラム

~川柳~ 
《先富論 那天歓迎 今減色》⇒《先富論 糠喜びの 日々でした》

  【知道中国 560回】            一一・四・念一  

     ――病名は、手前勝手生活習慣性無知蒙昧症

     『錯在中国不高興』(楊衛隆 香港財経出版社 2009年)
 
 「高興」とは気分最高、絶好調といった感じの中国語だが、その反対の「不高興」を書名にした『中国不高興』が09年3月に出版され内外から注目を集めた。執筆したのは元軍人の軍事評論家、「民族主義のゴッドファーザー」の異名を持つ社会活動家、劇作家兼社会学者、『中国可以説不(ノーといえる中国)』の書き手の1人に、辛口論評が売りのジャーナリストを加えた5人。おそらく彼らは、世界は中国を正当に評価していない。この世界で中国は不当にも低く取り扱われすぎていると苛立っているのだろう。そこで中国は他国に遠慮することなく自らの立場を確保し、国際社会で占めるべき本来の位置に立つべきだと主張する。一種の“義憤”に駆られての出版といえそうだが、5人の心の裡を敢えて忖度して書名を訳すなら、『中国はムカツいている』となろうか。

 『中国不高興』出版の3ヵ月後、香港生まれでアメリカ在住の楊衛隆が素早く反応した。『錯在中国不高興(誤りは「中国不高興」に在り)』とは、なんとも人を食ったような書名だが、過激な主張を時に軽くからかい、時に強烈に批判し、中国という巨大な「井の中」で荒唐無稽な暴論を喚き散らし悦に入っている5匹の「蛙」に対し、「『中国不高興』は確かに多くの問題を論じているが、内容は偏狂に過ぎるし、大多数の中国人の考えを代表しているわけではない。5人には、中国というカンバンを掲げて自分たちの考えを表明する資格などない。敢えて書名を『中国不高興』としたのは、中国を冠してカネ儲けしようという卑しくも見え透いた魂胆があったからだ」と、厳しくツッコミを入れる。

 『中国不高興』は覇権主義に満ち溢れているとしかいいようはない。勝手気儘に外征し異民族を殺戮した中国古代の将軍を大いに賞賛し、中国もアメリカにあるような傭兵会社を保有し外国に出かけ軍事力で在外中国人の利益を保護し、天然資源の供給ルートを確保せよと主張する。軍備を拡張し、外国を侵略し、敵対勢力を消滅させ、民主に反対するなど、『中国不高興』の考えは、西側国家が持った帝国主義と覇権主義と同じだ。

 5人は、香港人はイギリスの奴才(げぼく)であり、ゴ主人様のいうがまま。自分の考えを持つことなどできないと露骨に批判する。だが、こういった香港人の言動を小馬鹿にした言い草は、中国の内部分裂を誘う無知蒙昧な文章だ。『中国不高興』の行間には外国人のために働く凡ての中国人を奴才、甚だしきは売国奴とまで看做す姿勢が満ち溢れているが、まるで中国は外国の文化や科学技術を学ぶ必要なしと明らさまに主張しているようだ。こういった外国を仇敵視する民族浄化という偏頗な考えは、国際社会の「軌(ルール)」に合わせ科学技術の発展を目指そうとする中国に足枷になるだけだ。

 『中国不高興』には排外感情が充満している。経済的困難に直面した際、人民の怒りと不満を利用し、中国人が外国人に騙された結果だと煽りたてようとする。だが、苦境に立ち至る原因は外国にあるのではなく、中国側の誤った考えにこそあるのだ。
「極端な民族主義は中国では目新しくもないが、極端な民族主義者は手を変え品を変え次々と人の目を眩まそうとする」と慨嘆する著者は、「『中国不高興』の内容は、終始一貫して夜郎自大としか形容しようのない屁のようものであり、中国人のどうしようもなくダメで最低最悪の一面を満天下に明らかにしたものだ」と切って捨てる。ウン、そうだ。《QED》