樋泉克夫教授コラム

~川柳~ 
《哈哈笑 三反五反 我不管》⇒《口先の 綱紀粛正 限りなし》

  【知道中国 573回】            一一・五・仲七

     ――誰もが口にすればこそ、誰もが信じてはいない・・・はず

   『現代漢語語法知識』(華中師範学院中文系現代漢語教研組編 湖北人民出版社 1972年)
 
 語法とは文法のこと。だから、この本は現代中国語の文法解説書ということになるが、出版時期を考えれば、たんなる文法解説書で終るわけがない。最初から最後まで文化大革命。それも徹頭徹尾・粉骨砕身で。もちろん表紙を開けた最初の頁を飾るのは、「なぜ、ことばを学ぶだけではなく、渾身の力を傾けて学ばなければならないのか。それというのも、ことばというものは適当に学んで身につくものではなく、艱難辛苦を重ねなければならないからだ」との『毛主席語録』である。なんとも有り難い教えではないか。

 「概説」では最初に「解放軍」「人民」「全国」「学」の単語を示し、これだけでは単語の意味しか表さないが、正しい語法に則って並べれば「豊かな思想を表現できる」とし、「解放軍学全国人民(解放軍は全国人民に学ぶ)」「全国人民学解放軍(全国人民は解放軍に学ぶ)」の2例を挙げ、主語、動詞、目的語の役割を説明している。次いで各論に移り、先ず「ある完結した意思を表すことばの単位を、句と呼ぶ」と解説し、「装運這批稲秧是我們国際主義義務(これらの稲の苗を輸送することは我らが国際主義の義務である)」を例示し、「この例は、ある事実をありのままに述べた・・・句である」とする。

 主語、動詞、目的語などの説明では「軍事操練在充満階級仇恨的刺殺声中結束(軍事訓練は、階級の恨みを晴らそうとする刺し殺せの叫びが満ち溢れるうちに終了した)」を挙げ、この句は主語の「操練」、動詞の「結束」を骨格とし成り立っていると解説し、義務を表す「要」の用例としては、「国際主義義務一定要負責到底!(国際主義の義務は必ずや貫徹しなければならない)」を挙げている。
 一つの句が目的語の役割を果たす例として「魯迅主張打落水狗(魯迅は水に落ちた犬を打てと主張する)」を挙げ、「打落水狗」は動詞である「主張」の目的句の役割を持っているが、「打落水狗」それ自体、「打」という動詞と「狗」という目的語で構成された句であり、「落水」は名詞の「狗」を形容している、と。

 文法解説は専門的になり難易度を増すが、そんなものを一切無視して“超革命的な例文”を読み進むべきだろう。

 「人身売買契約書こそ、労働人民が奴隷扱いされ、圧迫された証拠である」
「こちらは国民党反動派と数十年の長きにわたって戦った老戦士だが、この方の経験は非常に豊かである」
「アメリカの独占資本家はとどのつまり戦争、わけても兵器を生産する重工業から利益をえている」
「全人類を解放できなければ、プロレタリア階級自身もまた最終的な解放を得られたことにはならない」
「根本的にいうなら党の一元的指導を強化し、毛主席のプロレタリア階級革命路線と各政策を断々固として貫徹しなければならない」

 このように文法解説ですら革命を学ぶことを強いられた時代から40余年が過ぎた現在、北京では何回目かの「党の一元的指導を強化」と叫ばれているようだが、果して「毛主席のプロレタリア階級路線と各政策を断々固として貫徹」しようとでも・・・まさか。《QED》