樋泉克夫教授コラム

~川柳~ 
《離開我 毛家血統 去何処》⇒《嗚呼哀し 毛王朝に 世継なし》

  【知道中国 578回】          一一・五・念七

     ――無産階級文化大革命的白髪三千丈式形容詞の“砲列”

     『挑山担海跟党走』(湖北人民出版社 1973年)

 この本の初版出版は1972年12月で、第2版が73年9月。時期的には林彪事件も公表され、四人組主導の国を挙げての林彪批判キャンペーンもはじまっていたはずだが、行間にそんな雰囲気は感じられない。当然のように、ひたすら以って毛沢東への賛仰・賛歌だ。
「工農兵詩選」と銘打たれたこの本には40編を超える労働者・農民・兵士による作品が収められている。当然のように最初の頁には、『毛主席語録』から引用された次の2つの文章が麗々しく掲げられている。

 「我らの文学芸術は凡て人民大衆のためのものだ。先ず労働者・農民・兵士のためのものであり、労働者・農民・兵士のために創作し、労働者・農民・兵士が利用するのだ」「文芸を革命機器全体における1つの枢要な構成部分としえたらな、人民を団結させ、人民を教育し、敵に打撃を与え、敵の有力な武器を消滅させ、人民が真情と道徳を一つにして敵と戦うことを手助けする」・・・
そこで、この本にみえる作品――それこそが「労働者・農民・兵士のために創作」され、「労働者・農民・兵士が利用する」「労働者・農民・兵士のため」の「文学芸術」であり、「革命機器全体における1つの枢要な構成部分」である「文芸」であるはず――を鑑賞してみたい。

 試しに書名となった長編詩の「挑山担海跟党走」を読んでみたい。「山を背負い海を担って党と共に歩く」とは、なんとも稀有壮大で奇想天外な心意気だ・・・まあ、正気の沙汰とはいえそうにない。

 とはいうものの、そういったら身も蓋もない。そこでともかくも読み進むと、これでもか、これでもかと現れる毛沢東賛歌。「翻身(奴隷から人間に生まれ変わる意味)したのも毛主席あればこそ、ご恩は海より深く紺碧の天より広く大きく、風に跨り波を切り前進する、嗚呼、革命路線の灯台よ」「労働者・農民は共産党にぴったり寄り添って、魔鬼宮殿(あくまのやしき)を焼き尽くせ。

 東の空が紅く炎え、雷の響き天を衝き、新しい天下が生み出される」「宝の本(『毛主席語録』)を開いて道筋を探れば、革命航路に灯台の灯り、自力更生で港を築き、天より大きな困難もなんのその」「偉大な領袖毛主席、気高い心に巨きな気迫、文化大革命発動すれば、紅い暴風天下を揺るがす」「万条の紅河は渦を巻き、凡ての滓を流し去る、労働者階級先陣競って闘い挑み、黒い陣営蹴散らし進む」「長江の流れは東海の水に繋がり、港は続くアジア、アフリカ、ラテン・アメリカ、革命の深情を地球の果てまで届ければ、世界を包む友誼の花よ」「五洲(せかい)の頸木を断ち切って、四海(せかい)のヘドロを取り除き、人間(このよ)にもたらせ天堂(きょうさんしゅぎ)を、地獄(このよ)を劫火で焼き尽くせ」「天下(このよ)を一つに立ち上がる、団結力はいよいよ強く、共に唱おう《国際歌(インター)》を、迎えよう、紅日が天下の隅々までてらすその時を」

 「挑山担海跟党走」に続くのが「人民は最も毛主席を敬愛す」「毛主席が歩いた鉱山の道」「毛主席の温情は天より大きい」「紅い太陽の輝きが我が家を照らす」「毛主席に捧げる歌」「入党のその日に」「毛主席が私を大学に」など、歯の浮くような毛沢東賛歌の連続だ。

 それしても、あの時代、こんな文芸が「人民を団結させ、人民を教育し、敵に打撃を与え、敵の有力な武器を消滅させ」ると、誰が信じていたのか・・・面従腹背・変幻自在。《QED》