樋泉克夫教授コラム
~川柳~
《就完蛋 遍地哀鴻 人人哭》⇒《人民の 悲劇はここから はじまった》
*かくて文革に繋がる疾風怒濤の政治の季節が幕をあける
【知道中国 609回】 一一・七・念八
――このままでは世界中が中国の「神聖不可分の領土」にされかねない
『富饒的海洋』(海青編著 天津人民出版社 1974年)
粗製乱造・突貫工事の高速鉄道の考えられないようなトホホ的事故に驚愕し、事故処理への奇想天外な対応に世界は呆れ果てた。だが、ダンボール入り肉まんやら爆発するスイカを思い起こせば、驚くことも、いきり立つ必要はないはずだ。これが“世界第二位の経済大国”の掛け値なしの、偽らざる現実であることを確認すればいいだけのことだろう。
ところで7月27日、中国海軍はロシアから購入した中古空母を訓練用に改造していることを公式に表明したが、そのタイミングが余りにも唐突であるだけに、世界中から注がれる鉄道事故への懐疑の眼を逸らすことを狙っていると勘繰りたくなってしまうし、姑息に過ぎるような気がしてならない。とはいうものの、経済力を背景にした中国の近年の海軍力の増強振りには凄まじい限りであり、やはり見過ごすことはできそうにない。
そこで紹介したいのが、この本だ。出版された74年当時は四人組の盛時であり、林彪はゴキブリのように批判されていたはずだが、この本では林彪批判の「り」の字も見当たらないし、『毛主席語録』からの引用も極力控えられている点が、なんとも奇妙だ。
この本によれば、「果てしなき大海原は、麗しい宝庫である。だが、帝国主義、封建主義、官僚資本主義の下に辛吟せざるをえなかった旧中国においては、無限の豊かさを湛えた祖国の大海原は十全に利用されることも開発されることもなかった。東方の水平線の彼方から大空を真紅に染めて太陽が昇り、山河に新しい息吹が吹き込まれた。社会主義は旧社会から労働者と生産手段・材料を解放しただけでなく、旧社会が利用しえなかった広大無辺の自然界をも解放した」そうであり、かくて「政治、軍事、経済における海洋の重要性はいよいよ顕かになり、海洋における闘争もますます先鋭化し、闘いの焦点は侵略と反侵略、略奪と反略奪、覇権と反覇権にある。長年来、帝国主義はわが国の豊かな海域を窺い、絶えることなく我が領海を侵犯している。海洋を認識し、開発し、防衛し、海洋を社会主義祖国にさらによりよく服務させ、世界の革命人民のために本来為すべき貢献をすることは、すでに重大な戦闘の任務となった」からと高らかに宣言する。
かくて海水中の化学資源、海底の鉱物資源、温度差や潮位の高低差を利用した発電、海洋生物資源などをイラスト入りで判り易く解説しているが、やはり最大の眼目は海洋を国防の最前線とする考えだろう。
「海洋は侵略と反侵略、略奪と反略奪、覇権と反覇権が展開されている重要な戦場であり、海洋における闘争は一秒一刻も遅滞があってはならないのだ。わが国人民は世界各国の人民と手を携え、超大国の海洋分割という野望、世界分割支配という陰謀に断固として反対する。勇猛果敢な中国人民は祖国の万里の海域に鉄壁の長城を築き、波濤逆巻く大海原を侵略者を埋葬するための墓場とするのだ」となるのだが、であればこそ彼らが南海と呼ぶ南シナ海に浮かぶ島や岩礁は「往昔、わが国の労働人民が発見し開発し、わが国の領土と一体不可分のものであり」、南シナ海は「太平洋とインド洋とを結ぶ要衝であり、経済的にも国防の上からも極めて重要な意味を持つ」。だから、ほぼ南シナ海全体を中国の領海だと強弁することになる。
こんな暴論が文革以来一貫しているというのだから、改革・開放が聞いて呆れる。《QED》