樋泉克夫教授コラム
~川柳~
《拍馬屁 保護庄稼 打麻雀》⇒《雀消え 害虫田畑を 食い荒らす》
*毛沢東の「雀は害虫なり」との”お言葉”が伝わるや挙国一致の雀退治。全国の空から雀が消え、害虫被害が急拡大。60年3月、雀退治禁止を発令。
【知道中国613回】 一一・八・初五
――「目標達成という狂気」・・・この道は、いつか来た道
『毛沢東の大飢饉』(F・ディケーター 草思社 2011年)
「一九五八年から六二年にかけ、中国は地獄へと落ちていった」と書き出されるこの本は、1958年に毛沢東が現実を無視して強引に推し進めた“狂気”の大躍進政策を「史上最も悲惨で破壊的な人災」と捉え、主に中国各地の公文書館などに残された膨大な記録を基に、4500万人を死に至らしめた政策的破綻の実態を詳細に分析している。
劉少奇、周恩来、鄧小平、陳雲、譚震林、謝富治、胡耀邦、趙紫陽など、後の文革犠牲者も含め当時の共産党幹部が揃いも揃って毛沢東にオベッカを使い、デタラメな政策に如何に悪乗りして被害を拡大させたか。その姿は、まさに皇帝に傅いてみせる卑屈な下僕そのもの。それだけに毛沢東の暴君ぶりが浮かび上がる一方、共産党宮廷内の“忠誠競争”の凄まじさが浮かび上がり興味深い。
だが、それにも増して興味深いのが、挙国一致で「共産主義へと通じる光輝く道」を求めて爆走した当時と、膨張経済に驀進する現状とが余りにも似通っていることだ。たとえば「目標達成という狂気に駆られ、事故が頻発した」「世界に鼓吹した目標を達成できなければ、目標撤回という屈辱を味わうことになる。・・・は叫んだ。『世界中が中国に釘付けだ』」「一方で中国は、拭いさることができないほどの悪評を国際社会で獲得することになった」などといった記述は、パクリ高速鉄道事故に象徴される現在の姿そのものともいえるだろう。そこで、現状に通ずるような記述を思いつくままに抜書きしてみたい。
■欠陥レールと同様に、歪んだ梁や偽セメントといった建築素材が日々の暮らしを脅かし、粗悪な消費財は社会主義文化の属性となった。
■本来はインクに使われるスーダンイエローなどの顔料の多くは、食品への使用を禁止されていたはずだった。品質管理が甘くなり、劣化した食品や薬品が工場に放置・・・
■液漏れするバッテリー、汚染された卵、バイ菌のついた肉、偽石炭・・・
■トイレの設備が不十分だったため、従業員は工場の床に直に排泄した。工場はゴミと悪臭が充満し、虱がわいたり疥癬に罹るなど当たり前のことだった。
■防護用の装備は不足し・・・マスクなしで働かされた鉱夫のうち七人に一人が、炭塵を吸い込んだことで珪肺症を発症した。
■無節操な設備投資、莫大な浪費、欠陥商品、滞る輸送システム、悲惨な労働環境。
■河に放出されたフェノール、シアン化物、砒素、フッ化物、硝酸塩、硫酸といった汚染物質の量は急激に増加した。
■鯉やナマズ、チョウザメでいっぱいだった河には、悪臭漂う有毒物質が流れていた。
■巨大な鞍山鉄鋼コンビナートが大量の排水を垂れ流しており、石油の匂いが漂うぬるぬるした川面に死んだ魚が腹を見せて浮いていた。
■チャムスの製紙工場が船底さえ腐食するほどの大量のアルカリ廃液を流していた。
21世紀初頭の現在が半世紀昔にタイム・スリップしたかのような記述が延々と続くが、当時の惨状を著者は「紙の上に秩序という幻想を描く点で立案者は有能だったが、現場を支配していたのは無秩序だった」と総括する。これはそのまま現在にも当てはまるだろう。
ところで死人に口なしだから、大躍進の失敗と悲劇の責任は毛沢東一人に押し付ければよかったわけだが、現在の中国が抱える多くの矛盾や難題発生の責は誰が追うべきか。もう毛沢東にドロを被せるわけにはいかないはずだ。やはり漢族伝来の民族的体質が共産党統治の病理を肥大化させ、それが中国の現在につながっているとみるべきだろう。《QRD》