樋泉克夫教授コラム

~川柳~
《猪幹部 天災人禍 好大胆》⇒《大増産 ニセ報告が 国おおう》
*58年からの大躍進期、地方幹部による実情無視の大増産達成報告に基づいて計画経済が進められた結果、国家経済は破綻し、人民は確実に疲弊していった。

  【知道中国 616回】            一一・八・初八

      ――自戒しない中国・・・だから、自壊する中国

      『自壊する中国』(宮崎正弘 文芸社文庫 2011年)

 この本は「未来学者として有名なハーマン・カーン博士の口癖は『考えられないことを考える』(Thinking the Unthinkable)』だった」と書き出され、「賢者は最悪に備えるという箴言もあるように、中国が分裂しないという保証は何処にも存在しないのである」と続く。つまり中国の将来について「考えられないことを考え」た結果が、この本だ。

 そこで注目したいのが「考えられないことを考え」ようとする著者の姿勢・態度だ。根拠なく奇想天外な思い入れタップリの想像、いや夢想の類、それに共産党政権が垂れ流す公式情報を基に「考えられないことを考え」たところで意味はない。これでは、従来のわが国メディアが恥も外聞もなくミス・リードしてきた中国論議と同じになってしまう。だから、百害あって一利なし。ところが著者の場合は、それとは大きく違う。中国について過去から現在までを貫く該博な知見、内外から集めた膨大な情報と詳細な統計数字、中国各地を歩いて自らの五体に叩き込んだ現地感覚と中国庶民の最新動向、加えるに醒めた目線――これらを縦横に駆使し、大胆かつ緻密に「考えられないことを考え」続ける。

 「ひとくちに『中国人』などといっても北京人、上海人、広東人はまったく性格が違う」ように版図が広大なだけに、各地それぞれが異なる性格、気質、歴史的背景を持っている。そのうえに「『中華民族』なる架空の概念は日々空々しくなるだけ」。だから「中国が列強に伍そうとして『国民国家』を目指そうとする」ものの、「(共産党)執行部が狙う中国の国民国家化はかけ声だけに終わるだろう」。

 かくして先ず著者は、①歴史的背景の異なる人々は地域ブロック化し、②金融膨張が中国人に格差をもたらし、③利権の横行が統一的国家経営を阻害し、③まがりなりにも中国人を1つに結び付けていた中華思想は風化の一途を辿り、④氾濫するニセモノ・パクリ文化は国民的統合を損ない、⑤矛盾する対策が少数民族の反漢族化を促し、⑥拡大し進化し深化を続けるネット社会によって情報の一元化は破綻を来たす――だから将来は、経済活動を軸にして「東北三省」「北京・天津経済圏」「上海経済圏」「福建経済圏」「広東経済圏」「四川経済圏」「チベット人居住区」「新疆ウイグル自治区」の7つに分裂すると予測する。

 次いで中国経済が世界経済を牽引するなどとは真っ赤なウソで、「中華帝国」は自壊する運命にある。目下のところは愛国心と軍国主義で求心力を保っているが、人民の「放心力」は拡大するばかりだ。幹部をみても世代が下るごとに指導力不足は否めず、苦労知らずで飽食世代の若者は勝手気まま。若者の価値観は激変し、世代間の対立は激化の一途だ。上海や広東は独立を志向する一方、チベットは独立状態に戻り、漢族の民族差別に激怒するウイグル族は茨の道ながら独立へ突き進む。ならば「中国とは無縁の地」である東北三省や台湾が独立を求めたところで、何らの不思議はない。そこで著者はネット世代に焦点を当て、執権党である共産党による独裁支配の行く末を見極めようとする。

 著者は次から次へと「考えられないことを考え」て読者を刺激し知的に挑発する。そこで、ならばと「考えられないことを考え」てみた。

 現在の経済的繁栄は蜃気楼にすぎないというネット世論が巻き起こり、貧しくも世界革命を雄々しく目指した毛沢東の時代に戻ったとしたら――と考えてみたが、そりゃ無理か。なんせ共産党政権がカネ儲け第一というイデオロギーを自ら手放す見込みなんぞ金輪際ありえないからだ。カネ儲け路線を正々堂々と掲げる共産党は無敵・・・ワカリマスね。《QED》