樋泉克夫教授コラム

 大幅に遅ればせながら残暑お見舞い申し上げます。■気温32度のシンガポールでは本日が大統領選挙投票日。長年シンガポールに君臨してきたリー・クワンユーが政権を去ったのが3ヶ月余前の5月。その影響が今回の選挙に現れるのか。今後のシンガポールの動きを指し示す”予兆”が見られるのか。大いに注目したいところです。樋泉 拝

  【知道中国 626回】            一一・八・念七

     ――目クソを嘲笑した鼻クソ・・・再び松本クンに訓ふる公開状

 やっと「メド」がついたようだ。菅直人という史上空前のダメ、いや犯罪的首相が辞めると言明した。それ故、過去のことはとやかく咎め立てすべきではないと思う。だが、やはり書き留めておきたいことがある。それというのも、「産経新聞」(8月18日)に掲載された「復興ビジョン握りつぶされた 松本内閣官房参与が語る菅首相」を目にしたからだ。

 「産経新聞」の記事の内容を云々する前になによりも唖然とさせられたのが、松本クンが依然として「内閣官房参与」の肩書きをぶら下げていたことであった。

 3・11大震災から1ヶ月余が過ぎた4月13日、松本クンは首相官邸で菅と面談の後、待ち構えていた記者団に向かって「『福島原発周辺は、これから10年、20年は人が住めない』と首相が語った」と口にした。これを某通信社が「無責任極まりない菅首相」といった論調で報じたことで大混乱が生じる。菅無責任政治の被害者でもある福島県飯館村村長は、「一国の首相にあるまじき無慈悲・無責任極まりない発言」と地団駄を踏んで悔し涙を流した。村長の憤怒の涙はテレビを通じて全国に伝えられ、事態の推移に慌てた松本クンは「首相に電話で確認したが、首相は発言していない。じつは私が言った」とい言い出すことで事態収拾を図らざるをえなかったことは、少なからざる国民が記憶しているはずだ。

 思想信条の一貫性に殉ずる生き方に焦点を当てた評論活動を展開してきた松本クンなら、事態紛糾の責任を取ると同時に、内閣官房参与の職を辞したものと思い込んでいた。大時代風に表現すれば、「諫業!」とばかりに腹かっさばいて主君を道連れ、である。若き日の北一輝を描いた処女作以来の熱心な読者としては、ダメで理不尽で無責任で暗愚な主君に如何に仕えるべきか。自らの出処進退で示して欲しかった。だが、それは叶わなかった。

 松本クンは、3月17日に官房副長官に復帰した仙石に「早速、復興のアイディアをまとめて届けたら『いいアイディ』だから首相にも言っておいて。俺から言っておくから』」となり、「23日に菅さんに面会して『復興ビジョン私案』を示し了解を得た」。ところが「1週間後には『復興会議をつくるから復興はそこでやっていく』と言い出した。そのころ復興は『チーム仙石』で動いていたから菅さんは『脚光をこいつらが浴びるのはちょっと・・・』と思った」ことから、松本クンら「チーム仙石」は復興作業から排除されてしまった。言うに事欠いて「チーム仙石」とは、死語に近い表現だが臍が茶を沸かしませんか、である。

 かくして松本内閣官房参与ドノは「徳川慶喜や近衛文麿元首相」を引き合いにして、主君である菅を「非常時には決まって『今こそ俺が出ていけば物事は解決できる』と勘違いした人物」と嘲り、さらには「菅さんには自分が脚光を浴び、『よくやった』と喝采されたいというところがある。そういう意味ではポピュリストなんです。戦時中の東条英機元首相なんかもそうだったよね・・・」と笑う。この話を徳川、近衛、東条の3人が知ったとしたら、「常にニヤけて不真面目な菅と一緒にされたら、甚だ迷惑だ」と口にしそうだ。

 復興への道筋をつけることを願い「回天の念」を込めて満天下に事実を知らしめたいのなら、その前に内閣官房参与は辞しておくべきだろう。それが嫌なら、官邸内の複雑面妖な権力ゲームにかかわる内輪話など、黙って地獄まで持って行くべきだ。中国に「愚二アラザレバ誣ナリ(かくもバカなことをしているのは、本人が余程のバカか世間をバカにしているか)」との成語がある。菅を叩き次期政権では内閣官房参与以上を・・・まさか。《QED》