樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 630回】            一一・九・初一

      ――あるタイ華字紙の野田新政権評

 タイでは6紙ほどの華字紙が発行されている。そのうちの「世界日報」は8月31日、「日本新首相の対華政策は楽観視できない」と題する社説を掲げ、日本の政界情況を交えながら、野田民主党新政権が抱えた問題点を分析している。中国の影響力拡大一途の東南アジアにあって華人の動向は疎かには出来ないだろうし、であればこそ日本の政治に向ける彼らの視線にも注意を向けておく必要もあろう。なお、同紙は国民党=外省人系が圧倒的影響力を持っている台湾メディアの一角を形成する「聨合報」の系列下にある。

 社説は先ず、日本の政界をみると「人材はいよいよ小粒になり、首相は『全員で順繰りに親』を務めるようなオ遊びになってしまい、国民が期待した民主党による『政権交代』は経済低迷、政治混迷、意気消沈の日本に皮肉にも新現象をもたらすことになった」。「自民党から分裂して生まれた民主党は、自民党伝統の『派閥林立』といった情況だけではなく『首相の首の挿げ替え』という病気までも継承した」と続け、民主党も自民党を含め、日本政界の人材払底と閉塞状況を指摘する。彼らにしたら、自民党も民主党も五十歩百歩。

「菅前首相」は、「元来は『人気王』で日本政界最初の平民首相ではあったが、政権の座に在った14ヶ月間、経済政策に見るべきものがなく、震災対策も特段の成果をあげられず、党内闘争の結果、支持率は急降下してしまう。対応の拙劣さに加え政権に恋々としている振る舞いが禍し党内からは総スカン」で、「最終的に辞任を迫られることとなった」。

 首相辞任表明から「民主党は2日間ほどで新代表と首相を選出しようとしたが、時間的にみて戯事に過ぎないばかりか国民の輿望がありえない以上、勢い多くが立候補し、十分な政策議論も考えもないままに『多数派工作』に突っ走った」。そこで選挙戦は「小澤対反小澤の『代理戦争』の様相を呈す」。「民主党が政権に就いて以来、反小澤路線は党内主流派となり、小澤支持は政治的自殺に等しいものとなった。国民の小澤に対する支持は極めいが、小澤は『手段を選ばず』に政治資金を集めるという古い自民党の伝統的スタイルで派閥の頭数を増やしてきた」。であればこそ「小澤との距離を取るほどに民意に接近することになり」、小澤派は反小澤勢力に「封殺」され、結果として野田が勝利したのである。

 「民主党は小澤派を無視できないが、さりとて小澤派が『キングメーカー』の影響力を行使しえないという一種の雪隠詰め情況にある」。そこで「古い『派閥のエゴ』という隘路に迷い込むかどうか」。この点が野田新政権の命運を左右するカギだ。

 「野田は自衛官の家庭で生まれたことから外交的には強硬派で」あり、「靖国神社には戦争犯罪人はいないと正々堂々と語り、靖国参拝を主張し、南京大虐殺の史実を否定し、釣魚台(尖閣)問題では対華強硬姿勢を貫く」。だから「首相という高い地位に就いても依然として従前の立場を堅持するなら、直ちにアジア外交に波風を立てることとなるだろう」。

 「野田は政権に就いたが、必ずしも日本が求める真の領袖ではない。彼は政治的混乱に乗じた一時の受益者にすぎない。だが注意すべきは彼が『松下政経塾』が作り上げた最初の首相であり、自民党が継承してきたエリートによる政治の時代に日本が別れを告げたことであり、それは否定しようにない事実である」。

 ――以上が「日本新首相の対華政策は楽観視できない」の要旨である。
華字紙らしく蓮舫入閣に関し「新首相は長考中」と伝えている点がゴ愛嬌だが、注目しておくべきは、彼らが日本では自民党時代は既に去ったと看做している点だろう。《QED》