樋泉克夫教授コラム

川柳>>>>>>>>>>>
《闖全国 江青開始 改京劇》⇒《江青の 持病に京劇 狂わされ》
*1963年冬、江青は京劇改革・現代化を突破口にして念願の政治舞台への登場を狙う。以後、革命現代京劇を引っさげて文革へと一気に突き進んでいった。

  【知道中国 641回】           一一・九・念一

      ――四の五のいわずに、天に向かってツバでも吐いてろッ

      『中国拯救世界』(翟玉忠 全国百佳出版社 2010年)  

 北京大学の中国与世界研究中心(中国と世界研究センター)の特約研究員で経済財政問題の評論家である著者は、この本で「人類の危機に立ち向かうべく運命づけられた中国文化」について詳細に論じている。中国古典に関する該博な知識を総動員しているだけに、読み進むにしたがって難しさが増すが、熱っぽい語り口に刺激され、なんとか読み終わった。そこで、敢えて誤解を恐れず、著者の説くところを紹介しておこう。

 ――西欧の消費主義は人類の欲望を絶え間なく刺激し、身勝手な振る舞いを助長する。これに反し中華礼儀文明は欲望を節制し、己を控え我欲を抑え人類の無限の欲望と有限の自然資源との間の調和を説く。資源に限りがあり、欲望は止まるところを知らない。ならば人類が幸福に達する道は愈々狭く、人々の幸福感は潰え去るしかない。欲望を抑えて有限の自然資源に対することこそ、人類に幸福への大道を約束するものだ。
地球全体が生態系の危機に直面している今だからこそ、欲望を全面的に是認する西欧的生活を捨て、足るを知る真心を尊ぶ中華礼儀の道を歩むべきだ。(上編)

 人類社会が平衡を保って変化することは、人と自然界の共存共栄の基礎である。中国古典の説く政治経済学の最も顕著な特徴は、社会全体の利益を代表する中立的な政府が各界各層の関係を過不足なく調整し、個別の利益集団による公権力の独占と社会全体の安定に影響を与える特定階級の専断を防ぐことにある。西欧政治の特徴は利益を共にする党派の弱肉強食的競争・対立であり、その様は海賊が利益を分捕り合うに公権力と社会資源とを醜くも取り合っている。このような政治情況は中立的で互恵互譲と形容できないばかりか、特定の利益集団による利益の独占を制度的に保障するものでしかない。
 これに反し中国古典の政治経済思想はなによりも党派を超えた政治を力説し、追い求めてきた。中国伝統の法治(rule of law)、共治(rule with all)、自治(rule of self)はリンカーンの説くof the people(民有)、by the people(民治)、for the people(民享)より、より高度で深甚な内容を秘めている。(中編)

 西欧の学問が古典ギリシャの私の学から発しているのに対し、中国学術の淵源は古代周王朝における王官の学にある。西欧の学問が一貫して分析と細分化の傾向を示しているのに対し、中国古典の学術は数千年の長きにわたって共通点を求め統一を模索してきた。現代科学の目覚ましい進歩と知識の無限の拡張は西欧と中国の知識体系の統一を可能にした。このような心智の統一こそが、人類に持続的な平和と発展とをもたらす前提条件だ。
 大道は一を以て之を貫く。「すべての宗教、科学、芸術は共に同じ樹に伸びる枝である。この3つを人類が追い求めることは、単純な物質世界を抜け出して自由へ到達する道だ」とアインシュタインはいっているが、まさに個々の欲望や一時の都合をごり押しせず、自己を抑え、全体の調和こそを希求する中国文化こそが今や生存の危機に直面している人類を救いうる唯一の道だ。(下編)――

 実に身勝手千万な主張で最初は腹が立つが、そのうちに笑い出すこと請合いだ。まあ、よく言うよ。あるいは、アンタに言われたくない、である。だが、この程度の反応では著者の“固い信念”はびくともしない。なんと言うに事欠いて、「中華文明こそが21世紀の世界を救うノアの方舟だ」と・・・強欲全開国家の諸君よ、冗談は程ほどに願います。《QED》