樋泉克夫教授コラム

川柳>>>>>>>>>>>
《大字報 奉旨造反 大弁論》⇒《造反で 悪逆非道も 許される》
*造反有理・革命無罪・・・なんとも身勝手で便利なスローガンだった。なにをしても許されたのだから。いまならさしずめ贈賄有理・収賄無罪、山寨(パクリ)有理・偽造無罪・・・∞

  【知道中国 661回】             一一・十・念九

     ――こうして、神話はデッチあげられるものらしい

     『華主席揮手我前進(曲芸演唱集)』(人民文学出版社 1977年)

 冒頭の「出版説明」によれば、この本は「農業は大寨に学び大寨県を広めよ。これは偉大なる領袖で導師である毛主席の重要な戦略的決断であり、7億農民が社会主義革命に深く関わり、社会主義建設の偉大な進軍の歩みを速めることであり、全党における戦闘的任務である。英明な領袖の華主席を頭とする党中央が国家に禍を与え人民に塗炭の苦しみを嘗めさせた『四人組』を一挙に粉砕した後、直ちに・・・『四人組』の天をも恐れぬ罪業を徹底して暴き批判し、農業は大寨に学び大寨県を広めよという新たなる高まりを巻き起こした。この偉大な運動をより深く進展させるために」、中国人民解放軍広州部隊政治部歌頌華主席文芸写作組によって編まれたそうだ。

 納められた11本の作品は、華国鋒の出身基盤である湖南省各地の民謡、農村芝居、田植え歌などの台本である。毛沢東の後継者に就いたことで、彼は「英明領袖」という4文字を名前の上に冠されたわけだが、田舎のオッサン然としていて、少しも「英明」そうには見えない。そのうえ、彼の正統性の根拠が毛沢東が書いたといわれる「你弁事 我放心(あんたがやってくれたら、わしゃ安心じゃ)」の僅かの6文字。これでは内外からの軽く見られても致し方がなし。6文字の漢字が共産党のトップの地位を保障する唯一の根拠だとは、権威もなにもありゃしない。そこで昔から毛沢東の篤い信頼を得ていたとの“神話”の捏造がはじまった。いわばこの本は、党を挙げてのデッチあげ作業の一環ということになる。

 たとえば「洪湖追匪」という農民向け講談は、「時はこれ1949年、毛主席指揮するところの百万の勇士は、怒濤の如く南へ南へと下ることとなりました」と語りだす。湖南省では土匪の万克三が暴れ回り、共産党軍の糧秣調達もままならない。作戦の成否は、ただに匪賊撲滅作戦にかかっていた。

「時あたかも、湖南省の要衝で知られる湘陽県共産党委員兼県大隊政治委員の要の地位にあったのが、誰あろう若き日の華主席でありました。毛主席の軍事思想を深く深~く、その身に体し、抗日戦争においては、早くも優秀な指揮官として知らぬ者なきお方であった。こたびの作戦においては、人民大衆を募り民兵隊を組織し、部隊を絶妙な場所に配されて、やがて匪賊を一網打尽」

 ところが、である。万克三の湖南における匪賊稼業は20年以上。隅から隅まで知り尽くした地形を十二分に利用して、逃げては隠れ、隠れては反撃し(なんだか、この辺りは毛沢東の用兵法と似通っているが・・・)、追尾部隊を翻弄する。だが、そこは毛沢東の信頼篤い若き日の華国鋒だ。匪賊の先の先を読んで伏兵を配しておいた。そこで追い詰められは匪賊が、「あの県大隊の華政治委員、まるで神のごとき用兵の妙」と舌を巻く。

 最前線で指揮官は、「この尊い任務、華政治委員が下命され、この手が握る拳銃は手ずから与えて下さり、毛沢東思想を我らが心の裡にしっかと納めるよう教え諭して下さった」と感涙に咽びながら、匪賊殲滅を果たした。かくして物語は終幕へ。

 「この勝利こそ毛主席の人民戦争思想の勝利であります。この勝利、全てこれ華政治委員の差配であります。華政治委員は毛主席の革命路線を最も堅実に執行し、その指示は全てこれ毛沢東思想の輝きをいや増しに増すのでありました」・・・で、オシマイ。

 中共式太鼓持ち芸というべきか、全編がヨイショの連続・・・勝手にどうぞ。《QED》