樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 703回】             一ニ・一・仲八

    ――「笑って来て住み着き、食べて増え」続ける・・・

    『続 墓標なき草原』(楊海英 岩波書店 2011年)

 【知道中国 327回】で取上げた『墓標なき草原(上下)』(岩波書店 2009年)の続編だ。著者は20世紀初頭以降、漢族が内モンゴルで進めてきたモンゴル民族に対する理不尽極まりない圧殺の歴史を追いながら、内モンゴルにおける文革を漢族によるモンゴル民族皆殺しを狙った極悪非道の蛮行の典型として描く。いまや西部大開発の美名の下に「農耕を至上の文明と見な」し「牧畜と遊牧を環境破壊の元凶だと認定」する漢人が内モンゴルのオルドス高原に続々と送り込まれた結果、経済基盤である牧畜を奪われた「モンゴル人に残された唯一の道は文化的な安楽死のみ」と慨嘆する。そして「現在、開発と発展という圧倒的な政治力と経済力で最後の完成、すなわちあらゆる民族の中華化=文化的ジェノサイドの完成にむけて中国は突進している」と糾弾の声を挙げる。

 著者は故郷の内モンゴルで文化人類学の調査を進めながら、文革で筆舌に尽くし難い体験をしながらも雄々しく生きる人々の生の声を書き留める。たとえば、

■「家畜も草原も大昔からモンゴル人のものでしたが、ある日突然、見知らぬ漢人たちがやってきて、これは全部漢人の国のものだと宣言しました。理不尽でした」

■「笑って来て住み着き、食べて増えた、という表現が(中略)モンゴル人社会内にあります。私たちの故郷に侵入してきた中国人を指しています」

■「(内モンゴル在住の)漢人たちは一九四七年の土地改革で解放されます。一九五八年の人民公社の成立で完全に自立します。一九六六年からの文化大革命では立ちあがってモンゴル人たちを殺します。一九八〇年からの改革開放ではさらに跋扈するようになります。いまやモンゴル人たちが自らの故郷において外来の漢人に会ったら、逆に媚びるように笑顔を見せなければならない時代になりました」

■「漢族は本当に陰謀に長けた民族です」

■「中国人たちが隣に暮らしている以上、安心できる日はないでしょう」

■「漢族の場合だと、貧しい人々のなかには教養のない者や、ゴロツキも多かったです。こういう人たちが共産党員になっていくわけです。共産党の性格も、どんな人たちからなっているかで決まります」

■「虐殺は、中国共産党が国を治める一般的なやり方でしょう」

■「漢人たちがどうしてあんなに人間を苦しめる方法を山ほど知っているのか分かりません。やはり、歴史の長い民族だからでしょうか」

■「(著者に向かって)あなたはいま、太陽の国(日本国)にいるでしょう。わしは日本にいったことがありません。日本にも中国人華僑が多数いるそうです。中国人華僑たちもきっと同じ策略で増えていったのではないか、とわしは推測しています。ちがいますか。中国人が増えすぎると、国が転覆されますよ。内モンゴルがその実例です」

 文革時のモンゴル人に対する仕打ちは、読むに忍びないほどに残虐だ。それも「漢族は本当に陰謀に長けた民族」であり、「やはり、歴史の長い民族だからでしょうか」。彼ら内モンゴルの草原の民の苦衷を、我われ日本人もまた心に深く留めておくべきだと強く思う。

 最後に老婆心ながら著者に一言。現在の日本の軽佻浮薄に流れがちなマスコミとは一線を画し、調査研究に邁進されんことを切望する。成功は失敗の父です。呉々も。《QED》




参照
【知道中国 327回】

南モンゴル関連
モンゴル自由連盟党
http://www.lupm.org/