樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 704回】            一ニ・一・仲八

    ――胡錦濤政権の空洞化?・・・新政権準備作業進行中?

 大多数の日本人が忘れてしまっただろうが、今年はニクソン・ショックから40年目。文革中の北京に呼び寄せたエドガー・スノーに、毛沢東が「ニクソン氏訪中歓迎」と呟く。これに呼応してニクソンの懐刀のキッシンジャーが隠密裏に北京を訪問した。北京は最大の敵とするソ連修正主義と戦うために敵の敵であるアメリカ帝国主義と、ワシントンはヴェトナムの泥沼から抜け出すためにハノイの後ろ盾だった北京と、互いが昨日までの敵と手を結び自らの生きる道を模索した。じつに国際政治は魑魅魍魎による虚虚実実の戦い。

 当時は香港留学中だった。ニクソン訪中ニュースに見入る人々で電気店の店先はどこも黒山の人。ニクソン歓迎に並ぶ儀仗兵を指し、日頃から激しい共産党批判を繰り返していた年配の知り合いは、「どうだ、中国の若者の立派な姿を見たか。大きく凛々しく逞しいだろう」と胸を張っていたっけ。中国人の政治を取り去った心の裡を知った瞬間だった。

 ワシントン一辺倒の対中政策を墨守していた当時の日本政界や外交当局が慌てふためいたことも、もう忘れてしまっただろうか。佐藤長期政権の後継をめぐる戦いは日中国交回復を掲げた田中角栄が勝利したが、田中は野党の公明党を巻き込み、社会党を抱きこみ。まさに政界のねじれ現象は、あの時から始まっていたのではなかったか。

 それはさておき、1月16日、中国人民外交学会、対外友好協会、国際問題研究所、国際問題研究基金会が共同でニクソン訪中時に結ばれた米中共同コミュニケ発表40周年を記念する集まりを、因縁深き北京の釣魚台国賓館で行っている。来賓トップは中国側が習近平、アメリカ側がキッシンジャー。

 挨拶に立った習は、「40年前、毛沢東主席、周恩来総理、ニクソン大統領、キッシンジャー博士などの老世代の指導者が非凡な戦略眼と卓越した政治的智慧を発揮し、長年にわたって中米両国の間に張っていた固くて厚い氷を割り、中米関係の大門をこじ開け、まさにキッシンジャー博士の説かれるように『世界全体を変革した』のである。現在の新しい情況の下で、我われは胡錦濤主席とオバマ大統領の共通認識に沿って、相互尊重と互恵共贏(ウイン・ウイン)の協力関係を一貫して築くのである。健全で安定的な中米関係を維持・発展させることは既に両国の共同責任となっているばかりか、全世界が期待しているところである。40年後の現在、我われはアメリカと共に努力し、時代が進む方向を的確に掴み、時代の潮流に応じ、進取の精神を発揮し、中米合作パートナー関係の建設を進め、両国人民の福祉と人類の平和のために、新たなる、より大きな貢献を発展的に為すことを望むところである」と。すでに北京トップの立ち居振る舞いではないか。

 これに対し「40年前のニクソン大統領の訪中によって、米中関係の大門だけでなく、両国関係の持続的発展という歴史の扉が開かれた」と切り出したキッシンジャーは、①40年の歴史は、世界平和には米中合作が必要不可欠だ。②米中関係は相互の違いを尊重したうえに成り立っている。③昨年(2011)1月の胡主席訪米時にオバマ大統領との間で確認された共通認識によって、両国関係は新しい段階に入った――と述べた後、「今年は大統領選挙があり、アメリカ国内には雑音があるが、両国関係発展という大きな方向を変えることはできない。オバマ政権は一貫して中国とは合作パートナー関係建設を進めており、また共和党も40年数年来一貫した対中政策を堅持している。以上はアメリカ各界が広範に支持しているところだ」と結んでいる。キッシンジャーは依然としてキッシンジャーだった。

 40年前のニクソン・ショックから、日本と日本人は何を学んだのだろうか。《QED》