樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 726回】            一ニ・三・仲五

    ――民族にとっての偉人は凡て法家だった・・・な~んてねッ

    『《斉民要術》選注』(広西農学院法家著作注釈組 広西人民出版社 1977年)


 この本は6世紀の後魏の人である賈思勰が編んだ『斉民要術』の主要部分に詳細な解説と注釈を加え、あわせて現代語訳を付したもの。毛沢東が亡くなり四人組が逮捕された直後の77年1月に出版されているこの本の巻頭には、それまでの本に見られた「毛主席語録」からの引用もなければ、文中に毛沢東の著作からの傍証も見当たらない。あるいは文革路線からの決別を、さりげなく示そうとしたとも考えられる。

 「前言」によれば、「我が国のみならず、世界でも最初の多方面の知識を網羅し完全な形で保存された農業関係の巨著である」『斉民要術』は12万字近くの漢字を使って書かれている。「後魏期とそれ以前の労働人民の生産に関する経験を総括し、内容は多彩であり、農業、林業、牧畜、漁業から醸造までを扱い、さらに料理技術にまで及び、それらを専門的に紹介している。扱われている専門知識についていうなら農学はもちろんのこと、化学、生物学、生物化学、医薬学、天文気象学などである。論じられている多くの技術やそれらに関する原理的発明や発見は凡て諸外国におけるより早い時期のものであり、中にはヨーロッパに較べ1千年以上も早いものもある」ということ。

 この本は『斉民要術』から田起し、稲作、樹木の剪定、牛・馬・驢馬の飼育、養豚、醤油製造に関する記述を選んで紹介している。だから6世紀の中国農民が身につけた農法、家畜飼育法などを具体的に知ることができて興味津々。そこで、中国人の食や人生とって必要不可欠な豚の飼育法に関する部分の現代語訳を、取り急ぎ日本語に訳してみたい。

 ――嘴が長いのは太らないから、メス豚は嘴の短いのを選べ。殺した時に毛を取るのが簡単だから、毛の長いのはダメだ。メスの子豚と母豚とを同じ囲いで飼うと、じゃれあってばかりいて餌を食べることを忘れ大きくなっても太らない。オスの子豚は暴れたがり、囲っておかないと何処でも入ってしまう。だから母豚と同じ囲いで飼え。囲いが狭いと太りやすいので、囲いは小さくても構わない。糞尿や汚水は暑さを防ぐから豚の成育に好影響を与えるから、囲いの中は糞尿や汚水が多くてもいい(以下、略)――

 この本では著者の賈思勰を「地主階級出身の科学者」とし、当然のように「彼の思想には限界がある」。だが「歴史唯物主義の観点から社会における貧富の現象を解釈し、陰陽家の迷信に基づく荒唐無稽な話を批判している」と看做し、「『斉民要術』には欠陥も見受けられるが、内容豊かな農業書としての価値は失われるものではなく、賈思勰は我が国古代の傑出した科学者であることは間違いない」と褒め称えている。加えて、この本出版の目的を「我が国古代の農業技術の到達点を理解し、我が国古代労働人民の偉大な創造力を知り、我らが民族の自信を高め、読者をして法家路線が果たした自然科学への貢献、政治が技術を牽引する働きを理解させようとした」とする。ここから、毛沢東路線に狂奔した文革路線をやんわりと否定し、民族主義を鼓舞しようとする意図も浮かんできそうだ。

 我が国の歴史では、『斉民要術』が編まれた6世紀は大化の改新(645年)の1世紀前に当たる。そんな時代から、要するに美味しい豚をたらふく食べるため。兎にも角にも味のいい丸々と太った豚を育てる方法を究めようとした探究心に感心(寒心?)に堪えない。しかも、そのことを文字にして文書で残そうというのだから、その執念に頭が下がります。

 鄧小平なら「シロ豚でもクロ豚でも、丸々太った旨い豚がいい豚だ」とでも・・・?《QED》