樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 729回】             一ニ・三・念一

   ――いまこそ「人民内部の矛盾を正確に処理しよう」ではありませんか・・・

   『《関於・・・問題》浅説』(《〈関於・・・〉浅説編写組》 上海人民出版社 1974年)


 毛沢東は、1957年2月の最高国務院会議で社会主義国家が抱える矛盾を人民内部の矛盾として解決すべきだと語っている。それを「関於正確処理人民内部矛盾問題(人民内部の矛盾を正しく処理する問題について)」と名づけ『人民日報』(6月14日)に発表している。

 この本は、「毛主席のこの著作は、我が国社会主義革命が将来にわたって前進可能か否かの極めて緊張した時期に発表された」とする。発表1年前の56年には毛沢東の定めた方針に従って「農業、手工業と資本主義工商業に対する社会主義改造を基本的に完成させ、社会主義所有制は我が国における唯一の経済基盤となった」。ところが当時、毛沢東路線に反対する劉少奇を筆頭とした「党内に潜伏していた叛徒」たちが「『階級闘争消滅論』を大声で喚き散らし、『社会主義と資本主義の間のどっちが勝利したという問題は、すでに解決した』『階級闘争は基本的に終わった』などとほざきまくり」、「一心不乱に生産に励めばいいんだ」などとガナリ立て、「修正主義の誤った考えを推し立てて資本主義復活への陰謀を卑劣にも画策していた」――

 長ったらしい名前を持つこの本の趣旨は、社会主義社会となったからといって安心は禁物だ。常に警戒を忘れずに永続革命に邁進しない限り、社会主義は容易に修正主義に後退し、やがて資本主義の復活を許してしまう、ということだ。

 66年の文革開始から8年。毛沢東の死と四人組逮捕の2年前の出版だが、57年に毛沢東が提起した永続革命論を敢えて持ち出さざるをえなかったところに、文革路線の緩み、文革に対する国民の厭戦気分を引き締めようという虚しいまでの意図が読み取れそうだ。

 ところで、この本の興味深い点は小難しい空理空論の羅列にではなく、修正主義に堕落し資本主義一歩手前まで進んでしまった当時のソ連社会の情況を伝えている点だ。

■「ソ連社会の危機は日増しに増大しているが、それは腐れきっているソ連修正社会帝国主義が進むべき必然的な道である。今日のソ連では、汚職・窃盗、投機・空売り、泥棒・淫売、凶悪殺人、薬物中毒にアルコール依存症など日常茶飯だ。妖風毒霧がソ連全土を覆い尽くし、社会全体が腐敗現象で包まれている」

■「“局長”によるあからさまな賄賂要求、企業資産の掠取は特別なことではなくなった」

■「多くの企業で『国有財産を身勝手に浪費し、私物化してしまう現象』が認められる」

■「長年にわたって莫大な公金を私物化したにもかかわらず、アルメニア・ガス建設経営陣の一員は法律に追及されることなく、法律の圏外でのうのうと暮らし、別の地方の企業に配転され経理を担当している」

■「(日本の産経新聞が出版した書籍を例に)ソ連修正主義社会の危機は、またスリや売春婦の横行にも現われている。売春婦は社会の腐敗の膿である。付けマツゲ、アイシャドー、厚化粧の売春婦は盛り場の至る所に出没する」

■「アル中と離婚は特に珍しいことではない。アル中は社会制度の問題を忘れる一種の便法にすぎない。ソ連修正主義の離婚率は、すでにアメリカを超えた」

■「現在のソ連は、すでにガタガタで治癒し難い状態であり、歴史博物館入りは目前だ」

 産経新聞を持ち出してのソ連批判に時の流れの皮肉さを感じてしまうが、ともあれ、この本が執拗に糾弾する当時のソ連の“惨状”は、金満中国の日常にピタリと重なる。やっと中国も修正社会帝国主義のレベルに・・・恭喜大爺(旦那、おめでとうゴザイマス)。《QED》