樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 747回】                一ニ・五・初二

    ――現役軍人に「重大な錯誤」は許されない

   『中華人民共和国婚姻法(実用版)』(中国法制出版社 2011年)


 これもミャンマーとの国境にある新華書店畹町支店で購入したものだが、前回で紹介した『論党的群集工作』と異なり店の入り口に積まれていた。そのうえ表紙は砂埃でザラついてはいない。おそらく売れているのだろう。

 建国翌年に当る1950年、共産党政権は土地改革法、労働法と並んで婚姻法を制定している。地主から農民を、資本家から労働者を、親の権力から子供を解放し、法的にも封建社会を解体し、社会主義社会を確立しようとしたわけだ。封建社会における家庭では絶対であった親権を否定し、両性の合意によって結婚できることを保証した婚姻法は、成立以来2回(1980年、2001年)改められている。この本によれば、婚姻法は「主として婚姻家庭の日常生活において起こりうる同棲関係、婚姻無効、婚姻取り消し、婚前財産、夫婦財産、離婚、離婚時の財産、離婚損害賠償、子女扶養、慰謝料、養育権などの紛糾を解決するためのもの」であり、これらの紛糾を解決するには当事者による話し合いと訴訟という2つの方法があるが、「裁判所は『婚姻法』の規定に基づいて裁判を進める」ことになる。

 この本は全6章51条からなる婚姻法を具体例を挙げて詳細に解説しているが、最も興味深かったのが離婚訴訟状の書き方の解説だった。以下、要点を訳してみたい。

 ――原告:張××、女、生年月日、住所、電話/被告:李××、男、生年月日、住所、電話/訴訟理由:離婚/訴訟要求:1、被告との離婚を求める。2、子供の李××は原告が扶養する。3、夫婦共同の財産である10万元のうちの5万元を原告が所有する。4、訴訟にかかる費用は双方が負担する(或いは被告が負担する)

 事実と訴訟理由:私と被告は××年×月、某氏の紹介で知り合い、××年×月に婚姻届を提出しました。結婚後、夫婦の感情は普通であり、息子の李××を産み育てました。婚前、私は被告を十分に理解しないままに軽率に結婚し、結婚後に被告が賭博や買春などの違法行為の常習者であることを発見しました。正業に務めず、私は改めるよう心を込めて説得しましたが効果なく、悪癖が改まることはありませんでした。被告は結婚後、家庭と親族に対する責任を全く負わず、夫婦の感情を極端に傷つけ、併せて双方の性格は合わず、夫婦は長期間別居状態にあり、夫婦の感情は完全に徹底的に破れており、夫婦関係は名存実亡にあります。また、私たちが夫婦関係にあった間、共同で10万元を所有していました。

 私は裁判所に対し訴訟を起こし、被告との離婚、息子の養育に加え夫婦共同財算10万元のうちの5万元を私の所有に帰すことを要求いたします――

 これが離婚訴訟文のひな型ということになるらしい。一般には①重婚、配偶者以外との同居、②家庭内暴力、保護義務放棄、③賭博や麻薬吸引などの悪習の常態化、④不和による2年以上の別居、⑤その他夫婦不和を誘引する行為、⑥一方の失踪などが離婚の理由として挙げられているが、現役軍人には別の厳格な規定があり、①②③を「重大な錯誤」と看做し、「軍人の一方に重大な錯誤があった場合」は、「軍人の同意」がなくても「現役軍人の配偶者は離婚を要求できる」。どうやら汚職は「重大な錯誤」ではないようだ。現役高級軍人は汚職しても配偶者から離婚訴訟を起こされる心配はないからセッセと励む。むしろ汚職してでも蓄財しないと④⑤の理由で離婚訴訟を起こされかねないのでは・・・。《QED》