樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 748回】              一ニ・五・初三

    ――読まないなら運転するな

     『送法下郷之道路交通事故』(周紅格・劉顕剛 中国法政大学出版社 2010年)


 これも雲南省とミャンマーと国境を接する国境の畹町の新華書店支店で購入。前回紹介の『中華人民共和国婚姻法』と同じく店の入り口に積まれ、表紙は砂埃でザラついてはいなかった。店員に聞くと、親指を立てて「売得不錯(売れ筋だよ)」。

 モータリゼーションの波は農村にも押し寄せ、多くの車が行き交い、勢い事故は多発する。ところが車の買い方と動かし方は知っていても、事故処理の方法は判らない。なにしろオレ様意識が超過剰な方々のことだから、いったん事故が起こったら蜂の巣をつついたように騒ぎはするが、具体的にどう処理すべきか。なんとも要領をえない。そこで法律を農村に下し、交通事故の処理方法を具体的に示そうというのが、この本の趣旨である。

 下郷の2文字から思い起こされるのは、都市の若者を知識青年と煽てあげ農民に学べと農山村に送り出した文革当時の上山下郷運動だが、文革から半世紀ほどが過ぎた現在では、農山村に送り出されるのは法律、それも道路交通安全法だった。確かに社会は激変した。

 「新世紀農村普法読本」の副題を持つこの本は事例を示しながら、「一、事故が発生したらどのように処理するのか(4例)」「二、事故が発生したら誰が処理するのか(5例)」「三、事故が発生したら誰が保障するのか(26例)」「四、事故後の賠償(9例)」「五、故意により発生した事故の実刑の可能性(8例)」を判り易く説明している。どの事例も面白いが、たまたま目に付いた「夫が事故を起こし、妻が死亡した場合の補償」の項目を見ておく。

 昨(2009)年10月、朱天鵬さんは作業車に妻を同乗させ帰宅を急いでいた際、前方から猛スピードで向かってきたバイクを避けようとしたが、余りにも慌てていたため、ハンドル操作を誤り路肩から車を転倒させてしまい、重傷を負っただけでなく、最愛の妻は車の下敷き。妻を死亡させてしまった心の痛みに自らの怪我が加わり、病院のベッドの上で我が身を苛む日々の朱さんに追い討ちをかけたのが、義理の両親による損害賠償訴訟だった。

 老後を一人娘夫婦に養って貰おうと思っていた義理の両親は朱さんに損害賠償を求めた。娘を失っただけでなく、事故の傷が癒えた後に娘婿が再婚でもしたら他人になってしまう。自分たちの老後が不安だというのだ。訴状を受け取った朱さんは心を痛めているのは自分だ。「義理の両親の面倒はどこまでもみる。だが私に損害を賠償させようなどと断じて理解できない。訴訟は受け付けられないし、断固として同意できない」。だが裁判が行われ、執行2年延期という条件が付いたが、1年半の実刑に加え1万元余の賠償が命じられた。

 この実例に、朱さんの主張は尤ものようだが、①妻が死亡した以上、法的には婚姻関係は解消され、夫婦の財産は分割される。②妻が亡くなった以上、朱さんには元妻の両親を扶養する義務はない。③賠償金は死者の近親が被った精神的・経済的被害に対するものであり、死者の両親による賠償要求は当然であると、道路交通安全法(第74条)、侵権責任法(16条)、最高人民法院判例などを引用しながら詳しく解説している。

 農村地帯を歩くと到るところで道路建設が進み、車も激増し、車なしの生活は考えられない新世紀の到来を、確かに実感する。ならば農村もまた法律に依拠した法治意識の普及が必要であり、であればこその「農村普法読本」「送法下郷」だろう。だが農村もさることながら「普法」が急務なのは北京の最上層だろう。先ず隗より始め・・・ませんよネ。《QED》