樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 761回】               一ニ・六・初九

     ――「一区両国」の街・瑞麗の街は翻訳者を求める

 改めて周囲を見回す。バイク、携帯電話、家電製品、家庭用日用雑貨、陶磁器、金物、美容院、結婚式衣裳、薬、乗用車、トラック、建設機材、ブルドーザー、衣料、太陽光発電パネル、パソコンなどを扱う店が軒を連ねているが、どの店舗も看板は漢字にミャンマーの文字で記されている。角を曲がった通りは、ミャンマー語のみ。店員も客も行き交う人も、ミャンマーの一般的衣裳である腰巻風のロンジー姿が目立つ。一瞬、中国の街ではないような錯覚に陥る。だが太陽光発電パネル屋の壁をみて、やはりここは中国であることを知る。そこには徳宏州公安局の公開指名手配書が張られていたからだ。

 新聞紙見開き2頁大で、3人の女性を含む28人の犯人の顔写真と身体的特徴に加え、殺人、詐欺、美人局などの容疑内容が記されている。確たる情報提供者への報奨金は最高額の1万元が2人で、以下は5000元、2000元と続き最低は1000元だ。店先で食後の一休みをしていた店員に訊ねると、「ミャンマーに逃げたはずだから、捕まるわけはない。俺の月給は1500元だから、報奨金の1万元はタマラナイなあ」と返ってきた。「ここでは店頭や電柱に『高薪 招翻訳(高給与 翻訳者求む)』の求人ビラがたくさん貼られているが」と話を向けると、ミャンマーとの商売を考え、どの店でも老板(おやじ)がミャンマー語のできる店員を掻き集めておこうという魂胆だ、とのこと。

 どうやら将来的には、国境関門を挟んだ中国側の瑞麗とミャンマー側のムセーを一体化しようというのだろう。香港やマカオが「一国両制」なら、ここは「一区両国」と呼ぶべきか。だが、この一区両国は取り立てて目新しい考えではない。じつは90年代初期から、遥か北辺の黒龍江省最北の街である綏芬河市とロシア側のポクラ二ーチナヤとを結びつけ、1つの経済共同区の建設が試みられてきた。当初は中ロ互市貿易区と呼び、02年2月になって「綏・ポ貿易綜合体」を呼ばれるようになった。21キロ離れた綏芬河市とポクラ二ーチナヤを一体化して「貿易綜合体」と呼ぶわけだから、目に見えない国境線で無理やり限られているだけの瑞麗とムセーが1つになれないわけがない。

 大通りの角に洒落た建物の壷中天商務娯楽会所が。壷中天、小さな壷の中にも大宇宙が在るという道教的世界観を名乗る商務娯楽会所とは、何だろう。入り口のドアを開けて入ると、副総経理を名乗る人物がいた。彼によればレンタル・ルームで、こんな概要だ。

■VIP包房(30~50人用で888元)=ビール24本/赤ワイン1本/果物3皿/つまみ9品/自動麻雀台/インターネット使い放題/誕生日宴会や商務接待向き

■大包房(20~30人用で588元)=ビール24本/果物2皿/つまみ6品/誕生日宴会や商務接待向き。

■中包房(10~15人用で168元)=ビール12本/果物1皿/つまみ4品/誕生日宴会や商務接待向き

■小包房(5~8人用で88元)=ビール6缶/果物1皿/つまみ3品/小規模宴会や商務接待向き

 「包」は貸切で「房」は部屋を指す。彼の話では主として商務接待に使われ、売り上げは順調に伸びているとのこと。国境の街、いや国境の街だからこそ、毎夜、将来を見据えた商戦が華々しく繰り広げられているに違いない。「ダンナ、今夜、来て見ますか。カラオケもありますよ」と声を掛けられたが、残念ながら芒市に戻る時間が迫っていた。《QED》