樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 762回】               一ニ・六・仲一

     ――「電気を使うはあなたの権力、料金支払いはあなたの義務」


 延々と続く輸送管に加えて何ヶ所かのトンネル工事現場が、芒市へ戻る道中の車窓からも気になった。高速国道320号線建設工事の一環だろう。現場には「譲標準成為習慣 習慣符合標準 結果達到標準(標準を習慣とし、習慣を標準に合わせ、標準を達成せよ)」との「標準」の達成を求めるスローガンが大きく掲げられていた。ここまで「標準」の2文字をしつこく重ねるということは、工事を「標準」に基づいて進捗させたいから。かりに「標準」を違える工事が頻発しているなら、完成後が思いやられる。

 2泊した芒市賓館を離れ次の目的地である龍陵に向かう直前、改めてエレベーター・ホールに掲げられたVIPとホテル従業員との集合写真をみていると、北京から少なからざる最高幹部――胡錦濤(中央政治局委員。カッコ内は視察当時の地位。以下、同じ)、温家宝(国務院総理)、李瑞環(中央政治局常務委員)、李長春(中央政治局委員)、劉華清(中央軍事委員会副主席)、胡耀邦(中央委員会総書記)、王岐山(国務院副総理)、朱鎔基(国務院副総理)など――が視察にやって来ていたことが判る。さほどまでに北京は滇西開発に意を注いでいたということだろう。

 龍陵の手前に位置する分哨山検問所に到着。検問所に立ち道路を挟んだ遥か前方の稜線の辺りを、戦争当時の旧滇緬公路が走っているとのことだ。この峠を越えると下り坂が続き、その先に「四方を山に囲まれ盆地の町である」と古山高麗雄が『龍陵会戦』(文春文庫 2005年)に記す龍陵がある。現在、27万ほどの人口を擁し、翡翠を産する。

 検問所の壁には「徳宏――中国向西南開放 橋頭堡黄金口岸(徳宏は中国が西南に向かって開かれる橋頭堡であり、最上の通商ポイント)」と大きく書かれていたが、徳宏タイ族景頗族自治州はミャンマーやインド東部に向かってビジネスを展開せよ、ということだ。

 検問所を境にして少数民族居住区と漢族居住区とに行政単位が分かれ、検問所から先は保山市に属す漢族居住区だ。検問態勢は予想外に厳しい。写真撮影厳禁で、車両検査は厳重を極める。防弾チョッキを着た兵士が銃を手に鋭い視線を投げかける。

 目に付くところに「打好新一輪禁毒人民戦争 全力維護辺境平安穏定(新たなる麻薬撲滅人民戦争を勝ち抜き、辺境の平安と安定を全力で守れ)」「禁絶毒品 功在当代 利在千秋(麻薬撲滅の功は今に、効果は末代まで)」「伴毒如伴虎(麻薬は虎のように危険だ)」などと麻薬撲滅スローガンが掲げられている。ミャンマーと接する少数民族居住区からの麻薬密輸を取り締まるためとのことだが、それほどまでに漢族居住区への麻薬持込が多いということか。だがひょっとして厳重な検問態勢には、反政府活動に繋がるような武器の持込みを阻止しようという意図が隠されているのかもしれない。麻薬対策を口実にした少数民族対策ということだろうか。

 検問も終わり、峠を下る。確かに龍陵は古山の説くように「四方を山に囲まれ盆地の町」だった。さらに古山が続ける「その四方の山々に構築してあった陣地を奪われれば、市街は脆弱な姿をさらすことになる。だから守備隊は、周辺の陣地を守ろうとしたのだが、兵員十五倍以上、火力は何十倍もの遠征軍を撃退するのは容易ではなかった」との述懐が実感として伝わってくる。

 今夜の宿舎の龍陵賓館で小休止。ホテル近くの路地をブラブラすると、商店の軒先に「依法用電是您的権力 交納電費是您的義務」と地元電力会社の告示が貼られていた。「権力」を行使して電気は使うが料金支払いの「義務」は果たさない・・・やはり、そうなんだ。《QED》