樋泉克夫教授コラム

【知道中国 784回】                     一ニ・七・念九

 ――その男、凶暴につき・・・

 滇西旅行も終わりに近く、昆明に向かうべく騰冲空港に向かう。
 昨今の地方空港建設ブームに煽られて建設されたのだろう。設備全体が新しい。ロビーの売店のショーウインドーにはルビーなどが陳列され、娘さんが小洒落た制服を身に纏って客を待っているが、手持ち無沙汰。やはり商売繁盛にはほど遠そうだ。

 広大な敷地と過剰な設備を備えた国際的リゾートが完成した暁にドッと押し寄せてくるだろう客を目当ての先行投資、いや捕らぬ狸の皮算用だろうか。ロビーの隅にリゾート開発業者のブースが2ヶ所ほど置かれていた。係りの者は堆く積まれた豪華パンフレットを前にして、いかにも暇を持て余し気味だ。そこでパンフレットを手に取って「商売は」と尋ねると、さも気だるそうにこちらの顔を眺めながらポツリと、「さっぱりだ」

 出発時間には間があったので、空港周辺の様子でも見ようと空港ロビーの外へ出た。だが、生憎と小雨だ。そこでUターンすると、入り口のガラス戸にA4サイズほどの張り紙が。最上段に大きく「懸賞公告」の4文字とあり、やや小さな文字で事件の概要と容疑者の特徴が綴られていた。

 「2011年6月28日9時37分、湖南省長沙市天心区桂花坪黒梨路一基工区で発生した銃撃事件につき、捜査の結果、当該犯罪容疑者の特徴は以下である。男、40歳前後、身長1.7m、中背、色黒、がに股歩き。不確かな標準語をしゃべる。性格は狷介。寡黙で口数が少なく、他人と交わらない。早起きの習慣あり。事件発生時は何かを待っていた模様で、身につけていたものは上から灰色の野球帽、サングラス、濃い色のやや汚れた上着、濃い色のズボンと黒の革靴。上着をズボンに入れるクセあり。/事件を解決し社会不安を除くため、多くの人民大衆は公安機関が提供する容疑者の特徴と写真に基づいて自らの行動を振り返り、弁別し、事情を知っている場合は速やかに公安機関に報告すべし。容疑者に関する情報が事実の場合、公安機関は10万元の報奨金を提供する。容疑者を逮捕に導く重要情報を提供し、或は容疑者を直接逮捕した場合は百万元。容疑者を隠避し通報しなかった場合は、公安機関は法の定める途頃に従って処罰する。/通報電話は0871-7116122」とあり、その下に、正面と左側から撮られた容疑者の2枚の顔写真が示され、一番下に「雲南省公安庁民用機場公安局/二〇一一年十二月八日」と記されている。

 この説明だけでは、銃撃の末に殺人に至ったのか。それとも殺人未遂なのか。強盗殺人なのか。事件の概要は判然とはしない。だが単純な銃撃事件の容疑者にしては報奨金額が高すぎるように思う。10万元はともかくも、100万元なら月収2000元として40年超に当たる。ならば「容疑者を直接逮捕」して一山当てようなどと妄想を逞しくする匹夫が現われたとしても決して可笑しくはない。とはいえ、どういう風にすれば、素人でも「容疑者を直接逮捕」できるのか。逮捕しようと容疑者に立ち向かったものの、反対に返り討ちに遭って命を落とす危険だってあるはず。だが無事に捉まえたら、“夢の100万元”だ。やはりハイ・リターンを狙うならハイ・リスクを覚悟せよ、ということだろう。

 それにしても高い懸賞金で素人に容疑者を逮捕させようとは・・・西部劇でお馴染みの酒場の壁に貼られた「WANTED」の張り紙が、フト頭に浮かんだ。この国は依然として映画が描き出す開拓時代のアメリカ西部社会に近いことを、「懸賞公告」が物語る《QED》