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樋泉克夫教授コラム
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【知道中国 795回】 一ニ・八・念七
――いまが“臥薪消沈”から抜け出すべき絶好機だ
滇西旅行がキッカケで、日中戦争当時、蒋介石率いる中国に対するアメリカ国民の反応について改めて考えてみた。
アメリカのジャーナリストや研究者の書いたものを読むと、どうやらアメリカ人の中国と中国人に対する過度の思い入れに加え、蒋介石政権、わけても夫人の宋美齢と宋一族によるアメリカの議会やマスコミを通じての巧妙な宣伝工作が奏功し、アメリカ国内で中国同情論が猛烈な勢いで湧き上がる一方、日本に対する悪感情・嫌悪感が増幅された。かくしてホワイトハウスや軍当局の対中・対日政策が左右されたという仕組みのようだ。
たとえばヴェトナム戦争報道でピューリッツァー賞を受賞したD・ハルバースタムは『朝鮮戦争(上下)』(文春文庫 2012年)で、アメリカは蒋介石政権の“甘言”を信じただけでなく、その手練手管に翻弄されたとする視点から、当時の米中関係をこう分析する。
「蒋政権に好意的なおびただしい数のジャーナリストがくり広げた宣伝」によって、アメリカ人の間に「かわいい中国、勤勉で従順な信頼できるよきアジアの民が住む国」とのイメージが焼き付けられることになる。「多くのアメリカ人の心の中に存在した中国は、アメリカとアメリカ人を愛し、何よりもアメリカ人のようになりたいと願う礼儀正しい農民たちが満ちあふれる、幻想のなかの国だった」。「多くのアメリカ人は中国と中国人を愛し(理解し)ているだけでなく、中国人をアメリカ化するのが義務だと信じた」。そのうえに当時の大統領である「ルーズヴェルトは手がつけられないほどロマンチックな独自の中国観を持っていた」。彼の母方の家系は中国貿易で莫大な富をえていた。
そんなアメリカの中国観の根底にあったのが、19世紀後半から中国に送り込まれた宣教師たちであり、その子供たちだった。20世紀のアメリカの対中政策策定者のなかには中国で中国人に“蝶よ花よ”と育てられた宣教師の子どもたちが少なくなかったらしい。なれば「宣教師の子として中国で成長した中国優先主義者には、この国の魅力は深く、かつ確固不動なものがあった。中国はある意味でアメリカに劣らずかれらの家郷であり母国であ」り、「一世紀にわたり誠実につくした数千人ものアメリカ人宣教師たちの影響力は、中国に対してよりも、母国の政治に対するほうが大きかった」としても何らの不思議はない。
ここで気になるのが、今回の竹島・尖閣にかかわるアメリカ・メディアの傾向であり、世論の動向だが、日中戦争当時の悪弊はいまだ一向に改まってはいないのではないか。
「産経新聞」(8月18日)は「靖国参拝など“日本の挑発”を示唆」の見出しで、香港の自称「保釣運動活動家」による尖閣への不法上陸に関し、「米紙ウォールストリートジャーナル」の記事を紹介しつつアメリカでの報道ぶりを、日本では「ナショナリスト(民族主義者・国家主義者)の政治家や活動家が新たな影響力を振るっており、中国や韓国との関係をこじらせ、東京の政策担当者の頭痛のタネになっている」と報じ、「日本が中韓を“挑発”しているとの印象を与えかねない内容」としている。
いったい「米紙ウォールストリートジャーナル」に対し中韓両国がどのような遠隔操作を行っているのか。同紙読者がアメリカ社会のどの階層に属し、どれほどの数になるのか。広くいえば現在のアメリカの中国観や韓国観は如何なのか――そういった点は知る由もないが、歴史的事実に思い致すことなく、記事に込められた政治的意図を知ろうともしないままに、同紙読者は中韓両国の肩を持つよう導かれてしまうに違いない。
弾丸は背後からも飛んでくる。臥薪嘗胆ならぬ臥薪消沈はもう止めるべきだろう。《QED》
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