樋泉克夫教授コラム

【知道中国 798回】                     一ニ・九・初二

 ――近い将来、香港はパンクします・・・
 
 香港がエライことになっている。といっても保釣運動が盛り上がっているわけではない。胡錦濤も参加した返還15年記念式祝賀式典の7月1日、新しい行政長官が就任しているが、これが共産党秘密党員の噂のままに、「北京の傀儡」の面目躍如。たとえば、深圳に在住するが深圳戸籍を持たない他省からの労働者や学生(410万人ほど)にも香港への1回の申請で数次往復可能な査証を発給するという措置だ。これを「拡大自由行」という。

 97年の返還前、返還によって中央政府の意向が強まり、自由も経済も衰亡する。「香港の死」は必至だとの批判が欧米のメディアで湧き上がったが、これに対抗して共産党政権は
「香港の繁栄の維持」を掲げる。かくして香港経済のテコ入れのために様々な政策を進めてきた。その一例が03年に開始された「自由行」といわれる処置だ。香港旅行が可能なほどに所得を持ち「文明」も弁えている(だろう)北京、上海、広州などの限られた“先進地域住民”に香港への個人旅行を許した。「文明」とはヒトとしての最低限のマナーを指す。

 大陸からの団体旅行者も含めた総数は03年の7月から12月は850万人。このうちの自由行は67万人前後で全体の12分の1程度。昨年は2800万人。このうちの自由行は1830万人で全体の65%強。今年1月から7月は1880万人に対し自由行は1245万人で、全体の66%を超えた。香港の人口は非合法流入者も含めると750万人前後と見られているから、大陸からの“人口圧力”の凄まじさが判ろうというものだ。

 数が多くなった分だけ質の低下は免れない。彼らも当初の予想ほどは香港にカネを落とさなくなってきた。事実、香港経済の柱の1つである観光業も思ったほどには伸びない。いや最近では不振が囁かれる始末。確かに大陸の金持ちもやってくるが、彼らの目的は資産の海外逃避の手段としての香港での不動産投資、いや投機。これが香港の不動産価格吊り上げの大きな要因だ。かくしてマトモな香港住民からマイホームは遠退くばかり。

 日常的な問題としては、大陸と香港との「文明」の大きな差がある。大陸からの多くは街を歩きながらゴミを撒き散らし、所構わずツバを吐き、ドッカと座り込み、妙齢な乙女までが股を広げて休憩だ。地下鉄だろが、他人が見ていようがお構いナシ。これを大陸の「文明」という。香港のウマミが忘れられず、次にやってくるときには不法労働だ。加えて「上に政策あれば下に対策あり」の民族である。既に「拡大自由行」が許可されている深圳戸籍所有者などは、数次査証を利用しての担ぎ屋稼業。深圳との境界に位置する香港w側の上水駅周辺では、まさに双方を行き来している担ぎ屋が群れを成している。なかには倉庫に寝泊りして経費を浮かして商売に励んでいる者もいるらしい。

 これに410万人が加わるのだからゾッとするが、そんなことで驚いてもらっては困る。じつは深圳に倣って戸籍を持たない住民に数次査証を許可した場合、北京、上海、広州、天津、重慶だけでも3000万人を超えるだろうとの統計もある。「拡大自由行」措置が拡大され、さらに3000万人が押し寄せることになったら、もはや香港はパンクするしかない。まさに「香港の死」だ。さすがに親北京系の企業家や政治家までもが、香港政府に対し「拡大自由行」を深圳戸籍非所有者にまで拡大することは止めるよう申し込んだ。

 そこで「秘密党員」の行政長官が要請し、9月1日業務開始予定の深圳での「拡大自由行」の申請は延期された。だが、僅かの3週間。いずれ香港は「一国両制」の下で大陸のヒトとカネと「文明」の狂涛に沈没するかもしれない・・・やはり最終兵器は人口爆弾だ。

 因みにシンガポールは移民審査の厳格化へ方向転換。中国からの流入に対処か。《QED》