樋泉克夫教授コラム

【知道中国 799回】                     一ニ・九・初三

 ――「一国両制」は破産した。「港共政権にノーを!!!」
 
 「自由行」が香港全般に及ぼす影響を考えれば、やはりマイナス面が目立つ。深圳戸籍を持たない深圳住民に対する「拡大自由行」の措置は3週間先送りされただけ。9月半ば過ぎには手続が始まるはず。おそらく近い将来、北京、上海、天津、重慶、それに広州に住む3000万人を超える戸籍非所有者を対象とする「拡大自由行」も拡大される可能性は高い。

 「一国両制」では、中央政府が掌握するのは外交権と軍事権のみを行使し、それ以外は特別行政区政府に任せるということになっている。だが、それは飽くまでもタテマエに過ぎない。返還以後の15年間の歩みを概観してみると、やはり香港政府の“箸の上げ下げ”にまで中央政府は介入してきた。中央政府の意向に平仄を合わせない限り、香港政府は完蛋(おしまい)であり、トップの行政長官の首の挿げ替えなんて北京の意に侭だ。

 ならばこそ、8月31日の「人民日報」(海外版)に掲載された「自由行の拡大を楽観視する」との論文には、ヤンヌルカナの思いが募る。やはり衣の下には鎧が隠されていた。同論文は、「自由行がなかったなら、さらに長い時間を香港は暗黒の中に低回することだろう」と香港に脅しをかけたうえで、「拡大自由行」の拡大こそが香港の進むべき道であると主張する。かくして、その先には「深港同城化」、つまり香港と深圳の都市としての一体化が企まれているわけだ。やはり香港は「内地」、つまり中国国内との連携を重ねてこそ経済発展が可能であるという“予め用意された結論”に辿りつくことになる。

 こういった議論を眼にすると、とどのつまり「一国両制」とは“金の卵を産む香港”を完全に取り込むための詭計だと思えてくる。最初のうちは曖昧なままに時を稼ぎ、いずれかの時点で「時候到了(これでおしまい)」というわけだ。尖閣にも、この手を使うだろう。

 だが、そうはさせてはならじ。香港にも、「五分の魂」を持つ「一寸の虫」がいた。
 目下、香港では議会に当る立法会選挙運動が展開されている。投票日は9月9日。じつは選挙方法には様々な制限があり、結果として親中勢力の万年与党化が確保されるように仕組まれた選挙制度であり、民意が反映されるわけがない。それゆえ返還当初は力を得ていた民主派だったが、北京の目論見の通りに四分五裂状態に陥ってしまった。少数派ながら反独裁を掲げている勢力の1つに人民力量(PEOPLE POWER)がある。彼らにどれほどの支持が集まるかは不明だが、彼らは「港共政権にノーを!」と訴えている。

 港共政府とは、「秘密党員」をトップに戴く現在の香港政府の傀儡振りをズバリと形容した表現だ。人民力量は選挙パンフレットで、3月に実施された香港政府トップを選ぶ行政長官選挙において当初は劣勢が伝えられていた「秘密党員」候補が、北京の強引な介入で当選したことを挙げ、「あの選挙時点で一国両制は破産した。香港政府は北京の傀儡に変じた」と批判し、人民は他党もメディアも頼るべきではない。自らの力で自らを救うしかない。「市民は一致団結して人民の力をハッキリとみせつけ、無知蒙昧な権力を制裁し、野党勢力による政府監視能力を強化しよう。港共政権にノーを!」と語り、「我らの自由が奪われたら、中国全体は沈黙の大陸に変わってしまう。香港社会のため、同時に中国大陸全体のため、誰にも責任がある。自由のために戦おう。我らには戦いの自由はある」と訴える。

 人民力量の主張が、9月9日の投票にどのような結果をもたらすのか。それは全く不明だ。あるいは“泡沫”で終わるかもしれない。だが、だからといって人民力量に万雷の拍手を送るわけにもいきそうにない。じつは尖閣に不法上陸した活動家の中にも、かつて五星紅旗を燃やした反共産党の民主派闘士がいるからだ。「曰く不可解」では済まされない。《QED》