樋泉克夫教授コラム

【知道中国 822回】             一ニ・十・三一

 ――総書記よ、お前もか!

 『2013年中美関係的写真』(王紀文 鷺島書屋 2012年)

 書名にある「写真」とは日本人の考える写真ではなく、真実を意味する。つまり2013年における米中関係の展開を予測した近未来小説といったところだが・・・。

 2012年の12月も押し詰まったある日、香港の啓徳空港跡地近くにあるアメリカ大学サービス・センター(AUSC)。ここで開かれている秘密会議が、物語の発端だ。

 接戦でオバマ民主党を破ったロム二ー共和党政権にとって、やはり最大の課題は経済力と軍事力を背景に膨脹を続ける中国に対する政策だった。そこでホワイトハウスから「これまで収集した膨大な資料を基に対中政策策定の基本資料を作成せよ」との秘密指令がAUSCに下される。秘密会議では、①資産家上位5000人の70%近くが資産や家族を海外、殊にアメリカに移している。②5000万人前後がアメリカへの移住を強く希望している。③大都市党委員会書記級以上の幹部は子女の80%前後を留学目的でアメリカに在住させている。④彼らの愛人もほぼ例外なくアメリカ生活を満喫している――が明かされた。

 早速、このデータがホワイトハウスに送られる。前オバマ政権が採用した在米華人系企業が開発した機密保持通信システムを使って。なんせ華人系だ。最終的には“祖国”に忠誠を誓う。つまり裏で共産党中枢とツーカーの関係だ。だから、世界中からホワイトハウスに集中する機密情報は、瞬時に北京の共産党中央書記処に転送される仕組みだ。アメリカ最高首脳のみが知ることのできる機密情報は共産党幹部に筒抜け。だがCIAの情報セキュリティー・スタッフも負けてはいない。裏の裏をかく。騙されたと装って「囮情報」を流し、共産党幹部に揺さぶりをかける。

 次のシーンは、ホワイトハウスのオーバル・ルームで行われる対中政策をめぐる閣議だ。「こうなったら、幹部連中がアメリカに運び込んだ資産を秘かに凍結し、未来の“太子党”を人質に押さえよ」と大統領。すると商務長官は、「加えてヤツらが我が西海岸に囲っている愛人連中も・・・」。一連の議論を北京の情報当局が同時進行で傍聴していることを承知のうえで、さらに甲論乙駁の“白熱論議”が続く。種明かしをするなら、全員がアメリカ政府首脳の声をそっくり真似できるCIA特殊技術要員だった。

 場面は変わって北京の中南海。ホワイトハウスでの閣議内容は瞬時に翻訳され、折から開催中の党中央委員会常務委員会へ。莫大な隠し財産、家族、なによりも若く愛おしい愛人――それぞれに心配の種は違うが、彼らは一斉に顔を引きつらせる。次いで知らされた「常務委員の多くが密かにアメリカ国籍取得済」という国務長官の報告に、常務委員全員が浮足立ち互いに見合わせ、最後は俯く。

 怒髪天を突く怒りを抑えながら総書記が静かに、「アメリカ国籍を持つ同志は手を・・・」。

 李克強総理を先頭にして7人の常務委員のうちの6人が震えながら手を上げる。総書記の習近平がガックリとうな垂れ倒れ込むようにして椅子に腰を落とす。重苦しい沈黙が10分ほど過ぎた頃、習の手も上がった。14億余の生殺与奪の権を握る7人の共産党最高幹部全員が、揃いも揃って秘かにアメリカ国籍を取得し、そのうえ財産も子女も愛人もアメリカに逃がしていたとは。やがて習近平の哄笑をキッカケに、会議は笑いの渦に包まれた。

 物語は、“強固な戦略的互恵関係”を強調する米中首脳会談の場へと続く。最後は古典小説宜しく「要知端詳 下回分解(この先は、次回の愉しみ)」と。次回作を期待したい。《QED》