樋泉克夫教授コラム

【知道中国 826回】              一ニ・十一・仲三

 ――猛烈に“中国化”する中華人民共和国・・・やはり
    
 程なく政界の表舞台から去ることになるはずの胡錦濤は、総書記としての最後の晴れ舞台である第18回共産党大会で、これからの5年間の大方針は①所得倍増達成、②海洋強国建設であると大見得を切った。

 政権を引き継ぐことになる習近平・李克強のコンビは、胡錦濤が掲げた大方針を実現させるため、林語堂のいう「民族としての中国人の偉大な点」、つまりナンデモアリを存分に発揮するに違いない。そうでもしなければ、①も②もどだいムリな話だ。

 いまから40年以上も昔の毛沢東万歳の時代に中華人民共和国に関心を持ったが、中国人民は不眠不休で1年365日、一も二もなく「自力更生」「為人民服務」を拳々服膺していると思い込まされていた。当時の感覚からすれば、やはり改革・開放以後は奇妙に過ぎるように思える。鄧小平路線を積極果敢に推し進めるべく2002年に始まった胡錦濤政権の10年を振り返ると、彼が掲げた和諧(調和)社会が実現したとはとても思えない。だが、だからといって胡錦濤政治は失格であるなどという心算はない。かくして再び三度、林語堂の『中国=文化と思想』(講談社学術文庫 1999年)を繙いてみると、

■「中国人はすべて申し分のない善人であり、・・・中国語文法における最も一般的な動詞活用は、動詞『賄賂を取る』の活用である。すなわち、『私は賄賂を取る。あなたは賄賂を取る。彼は賄賂を取る。私たちは賄賂を取る。あなたたちは賄賂を取る。彼らは賄賂を取る』であり、この動詞『賄賂を取る』は、規則動詞である」

■「中国が今必要としていることは政治家に対して道徳教育を行うことではなく、彼らに刑務所を準備することである」

■「官吏たちに廉潔を保持させる唯一の方法は、いったん不正が暴露されたら死刑に処するぞと脅かしてやることである」

■「株式会議もなく、会計報告もなく、カネを持ち逃げしても罰せられない」

■「特権は人の心を捉えて放さぬ魅力に溢れているようである。現代の官吏たちが、たとえその職を離れても決して特権を放そうとしないのも頷ける。特権を享受した者は例外なく自分が光栄で、満足であると感じている。・・・確かに特権というものは大した力を持っているようである。そして『官火』は今なお烈しく燃え盛っている」(「官火」とは特権を持った官吏に備わった「気炎」。「官火」が燃えるほどに、特権を振り回すことになるのだろう)

 かくして林語堂は「中国人の基本的な生活方式というものは永遠に存在し続けるように思える」と記した後、中国の将来を「たとえ共産主義政権が支配するような大激変が起ころうとも、社会的、没個性、厳格といった外観を持つ共産主義が古い伝統を打ち砕くというよりは、むしろ個性、寛容、中庸、常識といった古い伝統が共産主義を粉砕し、その内実を骨抜きにし共産主義と見分けがつかぬほどに変質させてしまうであろう。そうなることは間違いない」と予見してみせた。じつは『中国=文化と思想』の原典は英語で書かれており、発表されたのはニューヨーク。毛沢東ら共産党員が命からがら延安に辿りついた1935年のことである。凄い眼力というほかはない。

 ならば次の習近平時代は、より一層の中国化が進む・・・間違いなさそうだ。《QED》