樋泉克夫教授コラム

【知道中国 830回】             一ニ・十一・念三


 ――金持ちよ、悪いことはいわない。いますぐにでも中国から逃げ出せ!!

 『I AM MAO』(K. Lacroix& D.Marriott Rive Gauche Publishing House 2011)

 中国ビジネスに関わり、中国関連報道に携るカナダとイギリスのジャーナリストによる架空毛沢東対談集とでもいおうか。「第1章:毛主席の幽霊との対談」「第2章:『21世紀に送る毛語録』抜粋」「第3章:我が偉大なる生涯」という構成だが、たんなる著者の思いつきではなく、詳細な資料に基づいて綴られているだけに、興味深い内容が続く。

 毛沢東の生涯に深く関わった人物を中心に著名人の人物評が語られている第1章では、ビン・ラディン、プーチン、マンデラ、オバマ、ブッシュ、クリントン夫妻など彼とは直接的にはかかわりを持たない外国要人も俎上に載せられているが、ここで日本人として唯一登場するのが石原前都知事だ。その言動が内外で物議を醸しながらも、国際社会に話題を提供し続ける日本人、殊に政治家が彼以外に見当たらないからだろうか。

 「東京都知事の石原慎太郎について、どうお考えですか」との質問に、毛沢東の幽霊は「ああ、まるで30、40年代に俺が向き合った敵のようだな。中国をハッキリと仇敵として憎悪し、少なくとも共産主義を仇と思っている。いまより30歳ほどに若かったら、ヤツは我われにとって危険人物となったはず。ヤツと同じように中国を仇敵視する若い指導者が日本に現れたら、中日の衝突は絶対にエスカレートするだろう。だが今の若者は、ヤツのようなトンマな耄碌老人ではなく、もっと年下の若い者から影響を受けるものだ」

 この石原評が正鵠を得ているかどうかは別だが、「中国を仇敵視する若い指導者が日本に現れたら、中日の衝突は絶対にエスカレートする」という見立ては正しい。いいかえるなら、このままの日本側にフラストレーションが溜まる一方の北京ペースの日中関係が続くなら、日本には「中国を仇敵視する若い指導者」が誕生するはずだ。それゆえに日中の衝突は必然的に「エスカレートするだろう」。「だが今の若者は、ヤツのようなトンマな耄碌老人ではなく、もっと年下の若い者から影響を受けるも」とするなら、「もっと年下の若い者」に日本人としての正しい中国観を植えつける必要があろうというものだ。断固として。

 毛沢東の幽霊は、自らが建国した人民共和国の現状を「農村から都市に流入した労働者は豪華な別荘、ショッピング・モール、リゾート施設を建設し、自分では絶対に購入できそうにない品々や、さらには外国の電子機器を生産している」とし、「だが、彼らの産み出す莫大な富は極めて限られた人々の懐を潤すだけだ。彼らが底知れぬ怒りの炎に火を点け、『中国』という巨大な船の針路を正すことになるだろう」と、その将来を予測してみせる。

 そこで著者が「では、あなたは中国の金持ちにどんな助言を・・・」と問いかけると、「毛沢東は真剣に考える様子をみせた後、些か顔を歪めながらもキッパリと、『ともかく逃げることかな』と」。そして毛沢東は続けた。

 「ともかくも海外に逃げだす資本主義者こそ真の資本主義者というものだ。なかには財産を海外に隠匿するヤツもいるが、こういう手合いは聡明とはいわない。少数ではあるが身の危険を察知して、中国経済が均衡をもって発展する以前に中国から離れようとしているヤツもいる。ともかくも、一秒でも早く家族を引き連れて海外に逃げだすべし、だな。俺の心からなる忠告は簡単至極だ。ともかくも逃げろ・・・虐げられた人々の手で心臓を掴み出され抉り取られる前に、一目散に逃げろ」

 かつて「偉大な領袖」と国を挙げて崇め奉ったではないか。ならば幽霊になっても毛沢東は偉大だ。有難い助言である。金持ちよ、ともかく逃げ出せ。「快、快、快、快跑!」《QED》