樋泉克夫教授コラム

【知道中国 838回】              一ニ・十二・仲六

 ――総合国力で世界一・・・いずれ胡蝶の夢の如く

 『中国夢  中美世紀対決・軍人要発言』(劉明福 中華書局 2010年) 

 「21世紀の『強国の夢』・・・やってやろうじゃないか」「世界が必要としているのは中国の『王道』か、それともアメリカの『覇道』か」「『和平崛起』の前提は『軍事崛起』だ」「アメリカが相手だ。中国に退路はない」「『経済大国』だけではない。中国には『軍事崛起』が必須だ」「中国の軍事崛起はアメリカを打ち破るためではない。アメリカに打ち負かされないためだ」――まさに我に王道あり。アメリカの覇道、打ち破るべし。

 かくも勇ましいキャッチコピーを裏表紙に羅列したこの本の著者は解放軍大校。大校は少将の手前の階級で上校(大佐)の上に位置し、軍司令官、師団長、副師団長、旅団長クラスである。中ソ国境のダマンスキー島(黒龍江省珍宝島)を舞台に中ソ双方合わせて80万近い地上軍による軍事衝突が発生した69年に解放軍に入隊している。その後、済南軍区政治部(20年)、国防大学(11年)を経て国防大学教授。軍隊建設学科と軍隊管理学科の主任を務め軍隊建設研究所所長である。解放軍の生みの親の1人で近代的軍事教育を進めた劉伯承を記念する劉伯承科研成果特等奨を受賞し、すでに『富国強軍 ――開創国防和現代化建設新局面』などという物騒な書名の著作を発表しているというから、やはり軍備増強・富国強兵路線一本槍のタイプといってよさそうだ。

 先ず著者は、アヘン戦争を機に「中国が地球上で最も弱い国」と成り果てた時代に「中国を『世界第一の富強の国』にしようと呼びかけ4億の人民に『立志』を求めた」孫文を「偉大な先駆的精神の持ち主」と讃え、その「偉大な先駆的精神は今日の中国人をして感動させずにはおかない」とする。次いで孫文の発言から、「地球上の人類にとって最も光栄ある偉業は中国人こそが打ち立てるのである」「中華民族は世界で最も古い歴史を持ち、最も人口が多く、最も文明が発達し、最も強い同化力を持つ民族・・・世界で最も優秀な民族である」「実業を発達させるためには『対外開放』しなければならない」「模倣では『世界一』は不可能であり、必ずや『独創の精神』が必要である」「強大な軍備がなければ、国家は立ち行かない」「アメリカを学びアメリカを超越する」などを挙げながら、「『世界第一』という中国百年の夢想」の実現を獅子吼する。ともかくも、軍備増強イケイケドンドン。読み進むほどに行間から軍歌が聞こえるような錯覚に囚われそうだ。戦意高揚間違いなし。

 大躍進を掲げた毛沢東も、改革・開放路線を領導した鄧小平も、孫文と同じ「世界第一主義者」であり、世界第一の中国こそが、①発展途上国が先進国を打ち破り、②中国の特色を持つ社会主義が世界最大の資本主義国より優れ、③東方文明が生命力・創造力で西方文明を凌駕し、④白人優越主義を退け、⑤西欧中心の優越感を打ち砕く。かくして「現に進行中の中国が世界一になるという偉業は、経済的意義にとどまらず、政治的・文化的意義を秘め、将来の中国にとてつもなく大きな政治的・道義的資源をもたらすことになる」と胸を張り、世界第一の中国を支える前提にアメリカを凌ぐ軍事力の必要性を力説する。

 最後に「政治的・道義的資源」を備えた世界一の中国は、①アメリカ式民主主義より優れた「『中式民主』の奇跡」、②福祉国家より均等の「『財富分配』の奇跡」、③多党政治より公平な一党独裁下での「『長治久廉』の奇跡」――3つの奇跡を人類にもたらすとする。「長治久廉」とは長期に安定した不正・汚職のない政治情況を指し、「富強の中国こそ必ずや清廉な中国である」と付け加える。「3つの奇跡」こそが「中国夢」・・・納得デス。《QED》