樋泉克夫教授コラム

 【知道中国 843回】                  一三・一・初三

 ――言わせておけば、いい気になって・・・(4)

 『中国大戦略』(葉自成 中国社会科学出版社2003年)

 経済的には日本の後塵を拝していた頃の出版であることに留意してもらいたい。
 「歴史の大転換と大変革こそ、大智慧を必要とする」と述べた後、著者は「中華民族大復興の実現のため、自らの力を捧げたい」と、勇ましく宣言する。かくして、「歴史が賦与する千載一遇の好機を捉えれば、中国は自力で世界大国に発展することができる。だが激烈な国際競争のなかで好機を失えば、二流国家に成り果ててしまう」と指摘し、「中国は歴史において、こういった好機を2回失った」と、猛省してみせる。

 1回目は明代初期(1405~33年)。ヨーロッパで進む大航海時代への対応を誤り、国際貿易の主導権と海上覇権を失い、「二等国家として、最終的に西欧国家の侵略と圧迫を受けてしまった」。2回目は清朝末期(1860~70年)。「工業革命の潮流を違え、時宜に応じた改革と発展が出来ず、結果として国家基盤の上からは遥かに劣位に在った日本に敗れ果ててしまった」。「(日本は)日本より早くに西洋に学んだ中国を追い抜いただけでなく、あろうことか中国を打ち破り、中国の朝貢体制を完膚なきまでに瓦解させ、中国を脅しあげ台湾を割譲させ莫大な賠償金を奪った」と苦々しく歴史を振り返る。とにかく日本が憎いのだ。そこで「中国は、この2つの歴史的失敗の中から教訓を汲み取るべきだ」と主張する。

 自らを密かに「大戦略家で政治謀略家」と任じる著者は「外交謀略は一国を興隆に導くことも、衰亡させることもできる」がゆえに、「大目標を実現するため」に、「外交戦略、軍事戦略、地政戦略、国際戦略、外交と関連させた内政発展戦略、つまり経済戦略、環境発展戦略、文化・教育発展戦略、人材戦略など」を総合した「国家の最も基本的国策である大戦略」を語りだす。

 「大戦略」を掲げるだけあって議論は多岐にわたり錯綜しているので、ここでは特に日本に対する考えを取り上げてみたい。

 著者は「21世紀初の日本は衰退過程にあるが、依然として世界大国の地位を競える国家である」と看做したうえで、①東アジアに覇を唱えようとする政治的野心を見せる右翼政治家は少なくないが、勇気を持って事態に取り組まず、世界大国を目指す政治的胆力が見られない。②政治家は少なくないが、政治的膂力と将来を見据えた大戦略を制定する政治的迫力・気魄を備え指導者がいない。③模倣は得意だが、世界大国として必要不可欠な文明創造力を持たない。④商品や「円」は世界中に出回っているが、東アジアにおける「親和力」に欠ける――と、「世界大国になるために日本に欠けている4つの要因」を挙げる。

 こうした日本と戦略的には「競争より共同発展」を目指し、①互いに両国関係の発展を阻害するような言動は慎む。②互いに東アジア政策を精査し、東アジアにおける多角的協力関係構築に積極的に取り組む。③日本はアジアの国々に対し友好協力関係を持つアジアの国家であるべきであり、アジアの中の欧米国家として振る舞ってはならない――と、「中日関係を促進する新思考」を提言してみせる。大きなお世話といいたいところだ。

 とにもかくにも身勝手な「大戦略」が地球規模で、大胆に詳細に論じられている。大風呂敷といえばそれまでだが、習近平政権が掲げる「中華民族の復興」のための「大戦略」の“祖形”が提示されているようで興味深い。であればこそ共産党一党独裁については一言半句の言及もない。いや、できなるわけがない。
 「大戦略」にも大弱点はあるようだ。《QED》