樋泉克夫教授コラム

【知道中国 845回】                     一三・一・初七

  ――言わせておけば、いい気になって・・・(5)

 『当中国統治世界』(Martin Jacques 中信出版社 2010年)

 Martin Jacquesが綴った「When China Rules the World:The Rise of the Middle Kingdom and End of the Western World」の中国語の訳本。The Rise of the Middle Kingdom and End of the Western Worldは「中国的崛起和西方世界的衰落」と訳され、表紙には大きく「中国の未来が世界を揺り動かすことを予言。地球全体を呻りをあげて揺さぶり動かす。西欧の『中国崩壊論』、『歴史の終結論』を徹底して論駁」と記されている。

 英語原典を読んでないので、この訳本が原典を忠実に訳しているかどうか判断しかねるが、少なくとも中国と中国人に不都合な部分は訳されてはいないだろう。それは共産党のブレーンとされる多くの著名学者が寄せる賛辞が物語る。たとえば名門・清華大学の国際関係学系主任教授の閻学通は「この本が持つ歴史の重厚性と未来を見透かす力は、これまで読んだ中国の崛起に関するどの本よりも遥かに優れている」とまで褒めちぎるほどだ。

 ――国情に応じて多種多様の近代化の道があり、中国は自らの道を確信を持って突き進むがゆえに、近代化競争が激烈に展開される現代国際社会において、地球という競技場における核心的プレーヤーの役割を担うことになる。猛烈な速度で成長する中国経済は、すでに経済のみならず世界全体に根本的な影響を与え、それゆえに中国は国際社会において然るべき地位を一貫して占めるようになった。将来的に考えるなら、中国の影響力は拡大の一途を遂げ、いずれ西洋民族国家が占めてきた地球規模での指導力に止めを刺すだろう。

 これまで世界をリードしてきた西欧先進国家に象徴される発展モデルは、いまや中国が実践してきた“もう1つの発展モデル”の激烈な挑戦を受けている。中国が発展するにつれて西洋は世界文明を導く権能を失い、世界は中国的発想によって再び創り変えられ、中国こそが世界文化の覇主となる。崛起する中国は地球全体を改変し、地球は中国の色に染められる。つまり現に進行している地球規模での競争において、最終的勝者たるは中国でしかないのだ――

 350頁を超える内容を大まかに纏めるとこうなるようだが、著者は「中国は西欧が歩んだ民主化の道を辿ることは絶対になく、まさに西欧世界の発展モデルとは異なった道を選択する。中国の崛起は世界経済の仕組を変えるだけに止まらず、いずれ徹底的に我われの思考と生活様式を揺さぶるだろう」という視点に立って、ひたすら中国をヨイショする。

 たとえば歴史的成り立ちからして中国は文明国家(civilization-state)であり、西欧的な民族国家(nation-state)の尺度で測ることはできないとする一方、中華帝国的心性(mentality of the Middle Kingdom)という視点に立つことで初めて中国が担うべき“地球の中国化”という人類史的使命を理解できる、というのだ。

 全編が中国へのヨイショでウンザリ。当然、アメリカ以下諸国の将来に対しては極めて否定的な分析が続くが、「日本が中国に対抗するほどの超大国に発展するなどというシナリオは、ありえない。その原因は至極簡単で、余りにも小さく、極めて排外的で資源が乏しいからだ」。「日本は中国の崛起に対する反応において、その本来的な弱点を曝け出した。日本はまさにウサギであり、前方からやってくる車のライトに驚き慌て我を見失う」と、ひたすら日本を蔑み貶めることに精を出す。Martin Jacquesの知的幇間芸人ぶりには感心もするし呆れもするが、その芸風からして、ひょっとして孫崎某の変名では・・・。《QED》