樋泉克夫教授コラム

【知道中国 855回】                     一三・一・三一

 ――共産党が「全心全意為人民服務」だったら・・・なあ

 『中国国情詞典』(馮俊主編 商務印書館 2012年)

 この本は1949年以降の中華人民共和国を理解するに必要な政治、経済、外交、文化、芸術、科学技術、法律、地理、歴史などに関する600項目余の重要事項を選び解説した一種の“現代中国事典”である。購入したのは昨年9月末。ちょうど香港で小中高校における「国情教育反対」の運動が盛り上がっていた頃で、中国系書店が「香港とマカオの民衆が内地の国情を理解するためには手許に置いておくべき参考書」と大宣伝していたことからも判るように、特に香港とマカオの住民のために編まれたものだ。

 中国人民大学副校長・哲学院院長を経て浦東幹部学院常務副院長を務め、最近10数年は主に香港とマカオにおける「国情教育」に深く関わっている編集責任者の馮俊は、「序」で「ある人間が何処で生まれ、何処に住もうと、永遠に祖国からも民族文化からも離れることは出来ない。祖国の情況を十二分に理解してこそ、自らを理解できるし中国人として生まれた誇りを持つことができる」と述べ、さらに「(国情)教育の現場において、国情教育は学ぶものをして単に祖国の歴史文化に誇りを持ち、祖国の国情民俗に深い思いを抱き、祖国が成し遂げた発展を喜ぶようになるだけでなく、香港・マカオの同胞をして祖国、さらには国民としての一体感を強くさせることになると痛感した」と続ける。

 このように「痛感」した馮俊の下に編成された中国人民大学の歴史、国学、経済、哲学、国際関係、統戦(こんな学部があったんだ)の各学部の主だった教授陣が各項目の執筆に当っているのだから、国情教育とは香港とマカオの住民の「祖国理解」を促進させようとする教育課程であることが判るだろう。だが、いうまでもなく、それはタテマエにすぎない。ホンネは教育に名を借りた洗脳である。であればこそ馮俊は、北京による香港、マカオ住民を対象として洗脳工作の実働部隊の“総元締め”とでもいえるのではなかろうか。

 なにはともあれ、面白そうな2,3の項目を選び国情教育の一端を覗いてみたい。

 ■中国共産党=「中国労働者階級の先鋒隊であり、中国人民と中華民族の先鋒隊であり、中国の特色を持つ社会主義事業の指導核心である。中国の先進生産力発展の要求を代表し、中国の先進文化の進むべき方向を代表し、中国の最も広範な人民の根本的利益を代表する。党の最高の理想で最終目標は共産主義を実現することにある。・・・中国をして富強・民主・文明・調和の社会主義現代国家を建設するために、中国共産党は奮闘する」

 ■文化大革命=「『文化大革命』がみせた現実は、毛沢東が発動した『文化大革命』の主要な論点が既にマルクス・レーニン主義にも中国の現実にも符合していなかったことを証明している。林彪・江青集団は毛沢東の誤りを利用し、『文化大革命』の過程で・・・全国を極度の混乱に陥れ、国民経済を崩壊の瀬戸際にまで追いやり、中国共産党と中華人民共和国に重大な災難をもたらした」

 ■港人治港・澳人治澳(香港・マカオ統治)=「・・・法によって香港とマカオを治め、愛国者を主体とする統治を進め、愛国愛港・愛国愛澳の旗の下、最も広範な団結を実現する」(因みに「港」は香港を、「澳」はマカオを指す)

 ■為人民服務=「・・・『為人民服務』或いは『全心全意為人民服務』は中国共産党にとって立党の宗旨を概括した高度な言語表現である」

 わずかに数項目を見ただけでも国情教育の一端が垣間見えたようだ。それにしても文革に限定しているが、毛沢東が「マルクス・レーニン主義にも中国の現実にも符合していなかった」とバッサリ・・・偉大な毛沢東も、やはり死んじまったらオシマイだ。《QED》


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