_塚本三郎元民社党委員長小論集_

戦争と平和の間に生きて    平成二十四年九月上旬     塚本三郎

 
 この戦争は、負けるかもしれないよ、勝つにこしたことはない。しかし、負けたことが、良かったと云うことだって在るよ。これは、或る仏教宣教師の言である。(昭和十九年末)
 三郎さん、日本の為に、力一杯働きなさい。あなたが国の為に一身を捧げれば、国は必ず君の為に報いてくれるよ。此の世の中は「因果応報」だから。この言葉は今も忘れない。
 若者にとって、必死の努力も空しく日本は、敗戦と呼ぶ、無残な結果となった。
 六十七年前、敗戦の日を迎えた。
 占領軍は、東京裁判の名で、勝者による敗者への復讐劇が行なわれ、多くの犯罪者(戦犯)をデッチ上げた。何よりも事後法によって、前の行動を裁くことは裁判ではない。
 勝者のみの裁判官、検事での構成。弁護人の提出した資料は一切無視し却下した。
 歴史の流れを逆に解釈して、世界史を歪めた。――その歪みは、今日なお続いている。
 占領軍は、侵略国日本が、再び軍事的強国として再起することを恐れて、憲法で、非武装と云う国政に縛りをかけ、更に東京裁判で、日本国民を洗脳して、大国としては、奇形児の如き日本国を創造して今日に至った。
 されど、この国は幾度かは、独立国として、自主・自立国に復帰する機会は在った。だが、その度毎に、機会を逸して、米軍の被保護国として安住して今日に至っている。
 日本は、米国、ロシア、中国と比肩しても、劣らない経済大国である。とりわけ軍事力に不可欠の「科学技術」、「工業製造力」に於いては抜群の能力を保持している。
 その能力を誇示しないばかりか、独立国として、不可欠の国土保全の為の、外交交渉さえ、劣後に置いている。
 ロシア、中国、韓国が、日本国の政敵として、内政を含めて敵対的、体当たり交渉を重ね、北方領土問題、竹島問題、尖閣諸島問題、等々、日本に牙をむいている。
 日本は眠れる虎ではなく、牙を抜かれ、骨抜きの猫に変貌してしまった。


歴史の歪曲

 日本を戦争に誘い込んだ、米国と英国の悪意と偽りの歴史が、今日に至り真実を語る時を迎えつつある。 ――時の流れは次々と自国の「資料公開」によって明らかにされている。
 とりわけ、「中国、ソ連」が、扇動者米国、英国両政府の手先となり、彼等の卑しい目的の資金が送り込まれて、全アジアが主戦場とされてしまった。
 それが大東亜戦争と呼ぶ真実の歴史であり、結果として、皮肉にも日本軍の力によって、全アジアは、米・英・仏・蘭の植民地から(大東亜共栄圏)の名で解放された。また、日本が敗戦を迎えると、敗戦の仲間であった朝鮮等が、勝者と勘違いして、日本への逆襲、即ち、恩を仇で返す、卑しい発言と仕打ちに変化したことは、聞くに堪えない。
 大東亜戦争は、ソ連共産主義者が、中国国民党に潜入し、争いを仕掛け、あたかも日本が支那大陸に侵略したように見せかけたのが、日支事変であった(昭和十二年七月七日)。
 ソ連が仕掛け、米・英が悪乗りしたが、国民党の蒋介石政権は無知で。次々とその事変を拡大せしめ、日本の国力を消滅せしめる作戦こそ、米・英の、対支那への援助であった。
 それに相乗りしたのが欧州各国、即、米英蘭仏等であり、アジアに植民地を抱えていた欧州各国であった。幸か不幸か、大東亜戦争は、期せずして「結果として」アジア解放の戦線、と云う天命の役割りを、日本が背負うことになった。
 東京裁判は、日本に対する復讐劇であるとともに、日本国民に、日本が犯罪国家であると、思い込ませるために行われた、アメリカ国家の深謀とも考えられる。
 ところがマッカーサー元帥は、東京裁判の判決から、わずか二年半後の一九五一年(昭和二十六年)五月三日、アメリカ上院軍事外交合同委員会において、「日本は已むに已まれず自衛の為に戦わざるを得なかった」、という証言を行なった。日本はまだ占領下にあった時にである。工業国にとって不可欠の、石油や鉄屑の原材料の対日禁輸を行ったから。

善因は善果を招く

◎ (昭和三十一年十月二十八日、アーノルド・トインビー 談。)日本は第二次世界大戦において、自国ではなく、大東亜共栄圏の他の国々に、思いもかけない恵みをもたらした。
それは、アジア、アフリカを、二百年の長きにわたって支配して来た西洋人は、無敵で、あたかも神のような存在だと信じられてきたが、日本人は実際には、そうでなかったことを、人類の面前で証明してしまった。これはまさに歴史的な偉業であった。
 日本は白人のアジア侵略を止めるどころか、帝国主義、植民地主義、人権差別に終止符を打つことを成し遂げた。
 フーバー元大統領は、トルーマンに対して私的な顧問のような役を果たしていた。
◎ フーバーは、日本との戦争のすべてが、ルーズベルト大統領が戦争を仕掛けたいという、狂人の欲望だった。ルーズベルトを「狂人」と呼んだ。日本に対する経済制裁は、弾こそ撃っていなかったが、本質的には戦争であった。(対石油、鉄屑禁輸こそ対日戦争)
若し、日本が敗戦後も朝鮮半島を占領し続けたとしたら、朝鮮戦争は起こらなかった。
日本軍が、中国大陸に,かなりの期間にわたって留まっていたとすれば、中国が共産化することもなかったはずである。フーバー氏は反省の心をこめて以上の如く語っている。

◎ インドのレイ元下院議長は
日本が日露戦争に勝つことによって、インド国民が勇気付けられて、独立運動に立ち上がった。――日本軍のインパール作戦にふれて、太陽が空を輝かし、月光が大地をうるおし、満天に星が輝くかぎり、インド国民は、日本国民への恩義を忘れない。

         インド独立五十周年(一九九七年八月)ニューデリーにて

◎ 「天皇陛下は、心から謝罪するつもりなら、韓国に来てもいい。〝痛惜の念〟などという言葉を携えてくるだけなら来るな」
 韓国の大統領が、先日、そういう趣旨の発言をした。日本に対し、高飛車に出て、自国民の自尊心をくすぐる狙いとしても、礼儀のかけらもない発言は、常軌を逸している。
 容易には治癒しない傷を、日韓関係に負わせてまで、政権の人気を回復させたいのかと、憤りを通り越して、哀れである。韓国の政界にも常識の通じる人はいるだろうに。
 どうか大統領にパンツをはかせてやって下さい。「自尊心」は必要であり、貴重である。

                    読売新聞 編集手帳 八月十六日

国家観の無い政府――平成二年度、日本が初めて消費税が導入された翌年の、国家全体の税収は六十兆円であった。
 この前年の日経平均株価は三万八千九百十五円であった。
今年の税収は、四十兆円を下回ると思われる。現在の株価は九千円前後で、当時の四分の一以下である。右の如く日本経済は、余りにも収縮している。
 勿論、リーマン・ショックが、その間にあり、世界経済も下落し、日本がそのあおりを食っていることは否定できない。
 平成初めの東京市場の株価時価総額は、約二百八十兆で、世界の三分の一を占めていた。今は六%余りだという。今日の経済停滞の最も根本にあるものは、円高とデフレである。それゆえ、政府が全力を挙げるべきは、円高を是正することである。
 今日、最も深刻なのは、他の先進国に例がないほどの「国力の落ち込みかた」である。
 為替は五年前、一ドル百二十四円が、現在では七十八円で四〇%も高い。
 「無駄な公共投資」は、財政再建の敵である、その判断は自民党政権以来で、それを否定すべきではない。しかし、経済政策では限度、限界を弁えることが大切である。

大ピンチこそチャンス

 増税も必要、節税も勿論必要である。だが経済には、全体のパイを大きくする能力を知って、大きな器を造ることこそ、近代経済の原則ではないか。(ケインズ 説)
 日本だけが「なぜ円高」を招いたのか。他の文明諸国は、日本経済の底堅さを知り抜いており、一番安全な資産が「円」であると、世界の暗黙の証明と見るべきである。
 勿論、公共投資とて、福祉一点張りではない。投資であるかぎり、その経済効果、投資の採算を無視して良いとは思わない。されど、公共の名の如く、道路も、鉄道も、港湾も、更に空港や防波堤、上下水道、共同溝等は、国家全体に、大きく良い効果を波及する。
 文明国は、その公共事業の為に発展してきたと云うべきである、
 今日の日本は、最低のピンチに追い詰められている。この二十年間、すべての公共投資
を削り続けて来た。そのため、表面的には最低の国家となったこと前述した。
 それなのに、最強の通貨保有国日本とは、一体誰が仕組んだのだ。神でも仏でもない。世界の人智のなせる結果である。文明各国の通貨そのものが、日本を円高に押し上げた。
 ならば悦んで円高を逆利用、即ち活用しない手はない。
 大都会でさえ、貸ビルには空室が目立つ。若者の就職難は空前と云う、不況のため企業のすべての経費の節約が中心となっている。それは日本人の長所でもある。
 だが、その果ては、止むなく人件費の安い東南アジアへと、工場の移転が続く。
 日本の経済復活のカギは、度々論じているように、大胆な公共投資を断行すること。
 東日本大震災ばかりではない。日本国中、この二十年間、右の如き公共事業を削り続けてきた公共投資を、一挙に拡大復活せよ。百兆で足りねば、百五十兆にしてもよい。
 国民の多くが、日本が「平和主義国家」であることを誇ってきたが、それは、他人任せの贅沢を見せびらかして、自慢するのと同じように浅はかで無責任なことだ。
 戦後の日本の平和主義は、日本が自立国家であることをやめ、米国の被保護国として安逸な環境に馴れるうちに、国民のあいだに定着したもので、危険極まりないと反省しよう。
 とりわけ「動的防衛力の強化」、及び自衛隊の能力を十分に発揮させる為の権限を付与することが、差し迫った「尖閣防衛」の緊要な事である。今こそ生きた円の使い道である。
 資力と税の裏付けなき通貨の増発は、円安へと向かう。日本政府が「政府紙幣」を発行して、公共事業による景気回復に進めば、異常な円高も一ドル百二十円に近づく。
さすれば輸出中心の日本の諸企業も息を吹き返す筈で、一挙両得となる。
 日本企業のピンチこそ、大きなチャンスを迎えている。政府の決断が不可欠だ。






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